第375話 ポーションは不味い、苺はヤバい
「おはようございます! 五月様!」
ログハウスの畑の様子を見に、ガズゥが一人でやってきた。
久々にノワールの姿を見たのか、大喜びで抱きついたのだけど、怪我している黒猫に気付くと、私が止める間もなく、慌ててオババさんのところに薬を貰いに行ってくれた。
薬というか、ポーションだ。
万能薬、とまではいかないまでも、だいたいの傷は治せる。病気は無理なんだそうだ。
前に獣人の村に行った時に、傷ついた獣人たちを、オババさんのポーションで治していたのを思い出す。
でも、こっちに越してきてからは、使っている様子を見たことがなかったので、すっかり忘れていた。
「狩りに行ったり、ギルドの依頼に行ってる人たちは、皆、必ず持ってるよ……エイデン様はいらないだろうけど」
「そもそも、俺を傷つけられるような者はいないからな」
「ですよねー」
偉そうなエイデンに、ガズゥも苦笑い。
私自身は、こっちに来てから、大きな怪我もしてないし、指先を切るくらいはあっても、ちょちょいと傷薬を塗れば、すぐに治っていた。
そもそも、癒しの力のある果実を食べまくってるしねぇ(遠い目)。
ガズゥが貰ってきたのは、ポーションの中でも、一番効能の弱い物だそうだ。子猫の怪我と聞いて、オババが渡してくれたらしい。
ちょっと粘り気のある濃い緑色の飲み物。独特な青臭い匂いが、鼻につく。これ、飲むときは、鼻をつまんでないと飲めないヤツだ。
試しに指先にちょっと付けて舐めてみたけど……不味い。
匂い通りに青臭い味。飲みづらかった頃の青汁よりもキツイ。これじゃ黒猫は飲まないかもしれない。
東屋のテーブルの上に、黒猫を横たえる。まだ意識が戻らないせいもあって、クターッとしていて痛々しい。
せっかくガズゥが持ってきてくれたので、まずは火傷や傷などの外傷の方に使うことにして、私が塗った薬の部分を拭って、ポーションを塗りなおしてみる。
「お、おおおお」
消毒液で消毒した時に、ジュワジュワッっと泡立つことがあるでしょ? あれみたいに泡立ったかと思ったら、ケロイド状だった所が、赤味を残した普通の肌に戻ってしまった。
――異世界のポーションの効果って、凄っ。
残念ながら、毛までは戻らないようで、そこだけハゲちゃってるけど、そこはご愛敬だわ。
「……あれ。こんな泡とか出たっけ?」
「うん? どうした?」
ガズゥがボソッと何か呟いたけれど、聞き取れなかったので聞き返す。
「ううん、なんでもないよ……あ、目が開いた!」
薄っすら開いた黒猫の目の色はアイスブルー。凄く綺麗。
「これ、飲める?」
指先にポーションを付けて、鼻先に持っていくけれど、嫌だと顔を背けられる。
「……だよねぇ」
味以前に、匂いで駄目だ。
「ガズゥ、ちょっと見ててくれる?」
「うん」
やっぱり、癒しの力のある苺を食べさせるのが一番だろう。
ログハウスの前に並ぶプランターから、真っ赤になっている苺を採ってくると、小皿の上で潰して、そこに『収納』にしまっておいた牛乳を注いだ。
「あ、鼻、ひくひくさせてる」
「牛乳の匂いかな」
小皿を顔の近くに持っていくと、カッといきなり目を見開いた。
「うえっ!?」
思わず声をあげた私をよそに、黒猫は身体をなんとか起こしたかと思ったら、小皿に顔を突っ込んだ。
ふがふが、うめぇ、ふがふが、うめぇ、と、まるで喋っているかのように、唸りながら牛乳を飲む黒猫。ついには潰した苺自体も食べてしまった。
顔は牛乳だらけ。ちょっと間抜けな感じだけど、可愛いから許す。
そして、苺牛乳の結果でいえば……ハゲてた所も治っちゃったよ。
――まさか、この苺、ハゲの治療薬になるの!?
ちょっと恐いって思ってしまった私なのであった。
ハゲは治りません。
怪我の延長線上にあったので、治っちゃいました。





