第373話 信仰の自由
さすがに、村の外に老人を一人で放置ってわけにもいかず(何せ、あの少年、本当に司祭様置いて、荷馬車ごと帰っていきやがった!)、一応、精霊たちにも確認して、大丈夫そうだったので、仕方なく、村の中へ入れてさしあげた。
ほとんど身一つ状態でいらした司祭様に、ビックリだ。
「……」
唖然として固まる司祭様。
村の入口での騒ぎに、ドワーフたちやモリーナさんたちも様子を見に来ていたのだ。それは驚くか。
「ご覧の通り、ここは様々な人種の村です。むしろ、普通の人族の方が少ないくらいで」
「……なるほど」
ジッと多くの村人たちに見つめられて、居心地悪くないのかなぁ、と思ったけれど、無事に復活した司祭様がにこりと笑った。
「ケイドンの町のイグノス教会で司祭をやっておりました、ピエランジェロと申します。先日、教会本部より、こちらの村への赴任を命じられ、やってまいりました。よろしくお願いいたします」
いきなり、赴任とか言われて唖然とする。
いや、そもそも宗教の名前が『イグノス教』とか、そのまんまじゃない。
村人たちは、司祭様の言葉に、ざわざわしだした。そもそも、獣人やドワーフ、エルフたちって、なんか宗教とか信仰してるの? 村の中には、そういった施設は用意してなかったし、建てたという話も聞いていない。今更ながらに大丈夫だったのか、気になるところ。
「五月様」
「あ、うん、ネドリ、これ読んでもらえる?」
司祭様から渡された手紙を、ネドリに差し出す。
封を開けて読むネドリの顔が、どんどん渋い顔に変わっていく。
あー、なんか、嫌な感じなのかな。
「……確かに、この手紙には、村に教会を置くように、との文面がありますが(随分と上から目線だな)」
「それって、強制なんですかね。それだったら、お断りしたいんですけど」
今まで、それらしい物がこの村になかったってことは、皆が信仰しているのは『イグノス教』ってわけじゃないんだろう。
そもそも、私自身、宗教というもののイメージが、新興宗教的なモノを連想してしまうから、どうしても否定的になってしまう。
「サツキ様、『イグノス教』は主に人族が信仰しているもので、獣人やエルフ、ドワーフは、精霊を崇めることが主になっていると聞いております……この村は、そういった方々が多いのであれば、強制するつもりはございません」
「え、いいんですか?」
「ええ。信じる物は人それぞれ。どうせ、わざわざ本部の者たちも確認することもないでしょう。ああ、でも、ケイドンの者たちは、報告する為に確認しに来るかもしれませんから、できれば村の外に、仮初でも構いませんので教会を置かせていただけませんでしょうか。そして、私もその場所に住まわせていただければ、大変ありがたいのですが」
司祭様の言葉に、私を含め、村人たちも驚いた。
人族の司祭がそれでいいのか、と思うけど、確かに、もし教会関係者がやってくる可能性があるのであれば、村の中に入れたいとは思えない。
実際、こうして村の中に入れるはめになった訳だし。
――村の外に設置するのであれば、いいかなぁ。
今は石塀の内側に住居、外側は畑と、それを水堀と低木で囲っている、という二重の形になっている。その外側へと抜ける道沿いであれば、教会を置いてもらってもいいのではないか。
しかし、司祭様の目の前でタブレットを出して、何かをする勇気はない。
まだ、そこまでの信用は置けない感じ。
「五月様、一旦、お話を受けておいた方がよろしいかと」
相変わらず、渋い顔をしたネドリの言葉に頷く。
拒否すれば、この司祭様よりも面倒そうなのが出てきそうなのが目に見えている(あのブタとか、ブタとか、ブタとか)。
「教会の建設だとか、その辺のことはお任せしていいです?」
「ええ。ドワーフたちと相談して、こちらで対応しますので」
「また何かあったら、呼んで下さい」
村のことは、彼らが決めればいい。
私は司祭様のことはネドリたちに丸投げして、ログハウスに戻るのであった。
* * * * *
五月が山へと戻っていく後姿を確認してから、村人たちは再び司祭の方へと目を向ける。その視線はかなり冷ややかだ。
「おわかりかと思いますが、この村の秘密を漏らしたら、精霊たちは許さないでしょう。努々、お忘れなく」
ネドリは手紙を折り畳みながら、固い声で警告する。
「ええ、わかっております(けして、御子様を、裏切ることはございません)」
ピエランジェロは先ほどまでの笑みを潜め、深々と頭を下げた。





