第363話 挿し木で増やしてみよう
桜並木は少しずつ伸びていく。
まだ小さな苗木の周りを、水と土の精霊が楽し気に踊っている。まるで、某アニメの妖精(?)のように。
おかげで、ゆっくりとではあるものの、ニョキニョキと育ってる。
「……はぁ」
ここまでくると、ため息しか出ない。
とりあえず、やる気があるのはいいことだ、ということにしておこう。
気を取り直して、前を向く。
目標の獣王国の魔の森の端が見えてきてはいるものの、まだまだ遠い。振り返って獣人の村の方は、カーブですでに見えなくなっている。
「これが最後の苗木っと」
けっこう間をあけて植えたつもりではあったのだけど、足りなかったようだ。
できれば魔の森近くのは、結界の力のある種から育てた苗木を植えておきたい。
だからといって、せっかくの桜並木。他の果樹ではなく、桜にこだわりたいところ。
「……そういえば、挿し木で増やせるんじゃなかったっけ。でも、挿し木の桜にも、同じ力があるかどうかはわからないか」
しかし、試してみる価値はある。
最後の苗木を植え終えた私は、中途半端な感じを残しつつ、スーパーカブを取り出して、獣人の村の方へと向かう。
すっかり桜の花が散った大きい木の手前で止まる。
これは『ヒロゲルクン』で植えたヤツなので、結界はできない。
念のため、タブレットで『鑑定』してみると、隣に植えた苗木にはしっかり結界機能がついている。
先ほど植えた時は、膝くらいまであったのが、すでに私の背の高さくらいまで育ってる。土と水の精霊たちのおかげで(遠い目)。
「うーん、でもまだ、若いか」
少しは大きくなってはいても、枝は細いし、その枝から根がちゃんと生えてくれるか、不安。精霊たちが、強引に育ててくれちゃいそうな気もしないでもないけど。
「だったら、ログハウスの桜を使ってみようか」
この『ヒロゲルクン』で植えた桜の原本? 大本? は、ログハウスに植えた桜だ。若い苗木の枝よりも、元になる枝が太い方が、ちゃんと根が出てくれそうな気もする。
まずはそこで、1、2本、試しに育ててみよう。
実は、ログハウスの桜の木。
最初に植えたせいなのか、なかなかの成長具合になっていて、幹は私が抱きついても腕が少し届かないくらいになっている。
……さすが異世界クオリティである。
そして、結論。
挿し木でいけました。
比較的低いところの枝を1本切って、それを短めに2本に分けて、試しに植えてみた。そして翌日には、しっかり根付いたようで、『鑑定』してみた結果も、結界機能付き。
ちょうど畑の様子を見に来てくれたガズゥたちにお願いして、少し太めの桜の枝を数本とってもらった。軽々と登っていく姿はさすがである。
その枝を短めに分割して、なんとか20個ほどの黒ポットに植えた。これでも足りないかもしれないが、あまり切りすぎてしまうのも、と思ったのだ。
これがひざ丈くらいまで育ったら、植え替えに行こう。
「サ、サツキ様!」
ガズゥたちと一緒に、ログハウス前に並ぶ桜の挿し木たちに、水をやっていると、ロムルくんが走りこんできた。最近は大人たちと一緒に、畑仕事を手伝っているロムルくん。
そのロムルくんが慌てて来るなんて、村で何かあったのか。
「ど、どうした?」
「ロムル兄ちゃん!?」
「う」
「う?」
「牛が来ました!」
ロムルくんの嬉しそうな声が、敷地の中に響いた。





