第362話 モリーナとアビー
2本目の桜の苗木を植えに進む前に、置きっぱなしにしていたスーパーカブを『収納』する。
なんか、しまわないといけない気がして。
「ああああっ!? き、消えたあぁぁぁぁっ!」
「……は?」
モリーナさんが叫びながら凄いスピードで走ってきた。
気付いてたけどね。
なんか、めんどくさそうな気がして、スルーしてました。
「え? え? 先ほどの乗り物は?」
「しまいましたけど」
「し、しまう?」
呆然としているモリーナさんをよそに、私はタブレットを抱えて先へと進む。
今日はどこまで進めるか、わからないし、早いところ、終わらせてしまいたいのだ。
そんな私の後をモリーナさんがついてくる。
まぁ、いいや、と思って、再び、『収納』から2本目の桜の苗木を取り出す。
「え? え? どこから」
私の周りをウロウロしだすモリーナさん。
しかし、そのまま無視して、再び『ヒロゲルクン』で穴をあける。
「え?」
「あ、ちょっと邪魔なんで」
「す、すみません」
黒ポットから苗木を抜き出し、再び、埋める。水の精霊たちが、嬉しそうに水をかける。
それをしばらく続けていくのを、モリーナさんは無言でずっとついてくる。視線は私のタブレットと、桜の苗木の間を何度も往復している。
――見てもわからないと思うけどなぁ……。
私の作業を止めることないのだけれど、さすがに鬱陶しく感じたので、私は立ち止まって、チラリと目を向ける。
「あのぉ、モリーナさん?」
「あ、は、はい」
「お仕事の方はいいんですか?」
一応、彼女は魔道具職人。見習いがつくけど。
魔道具のメンテナンスと、ちょっとした魔道具の制作をお願いするということで、村に残ることをネドリが認めたのだ。
すでにグルターレ商会の方々は村を離れていて、彼女のお世話係のエルフ、アクセサリー職人のアビーさんが残ってくれている。
なんでもアビーさんは、少し年が離れてはいるけれどモリーナさんの幼馴染だとかで、ずっと面倒を見てきたので、モリーナさんの扱いには慣れているのだとか。
「え、あ、あっ!」
そのアビーさん、おっとりした感じの方だったけれど……。
「モリーナァァァァッ」
「ひぃっ」
ゆっくりと歩いているようで、凄いスピードで向かってくるアビーさん。顔は笑ってるようだけど、目が、目が! 私でも恐いわっ!
そんなアビーさんから逃れるように私の背後に回ろうとするけれど、その前に、アビーさんに首根っこを捕まれた。
「お・し・ご・と。急ぎで頼まれてるでしょうがっ!」
「だ、だってぇぇぇぇっ」
「だってじゃないわっ! 私の方の作業は終わってるの! 後はあんたのだけなのよっ!」
なんでも、ネドリから獣人の姿を、普通の人の姿に変えられるような魔道具を頼まれているらしい。
元は、私がネドリにそういうのはないのか聞いたことがあったのがキッカケなんだけど。
そういうのがあったら、最寄りの街のケイドンに行きやすいようにというのもあるし、万が一、また誰かが村に来た時に、私ではなくても対応出来るようにっていうのもある。
エルフ自体は、自分たちの魔法で姿を変えられるから、そんな魔道具は使わないけれど、魔道具としてはあるらしいのだ。
だったら、お願いしたいじゃないか。
「わ、わかってるわよっ、でも、あの、気になるんだものぉぉぉっ」
――子供かっ!
ズルズルと引きずられながら叫ぶモリーナさんを、生暖かい目で見送る私なのであった。





