<ヘドマン辺境伯>(3)
箱馬車から次々に目の前に下ろされていく、名も知らない木の苗木に困惑する。その数、30程。
「これが本当に結界に?」
次男のラインハルトが、エメやアルフを手伝いながら、苗木を運んでいる。
10歳の子供が運ぶ苗木は、見るからに、まだ細い幹に若い葉がちらほらついている程度。それこそ簡単に手折れるくらいの幹の太さだ。
「サツキ様から頂いたのです! 大丈夫です!」
次男のラインハルトの自信満々な笑みに、私もつられて笑みを浮かべるが、どこまで信用していいのか、と内心思ってしまうのは、仕方がないだろう。
久しぶりに姿を見たラインハルトは、少し背が伸び、日に焼けた肌が一層健康的になったように見える。
平民が着ている物とも違う、見たことのない上着に、随分と丈夫そうなズボンを穿いている。エメに聞くと、その『サツキ様』より頂いたものらしく、ラインハルトのお気に入りらしい。
あちらでは獣人の子供たちと遊びながら身体を鍛えてきたのだとか。そう言われれば、苗木を運ぶ後ろ姿が、ほんの少しだけ力強く感じる。
「辺境伯、こちらは五月様が育てられた『桜』の苗木です」
ネドリ殿が黒い鉢? から苗木を抜き取りながら、城壁近くに植えなおしていく。
「この『桜』は、今が花の季節なんです。凄いんですよ!」
ニコニコと嬉しそうに話すラインハルト。
この城壁の向こう側では、帝国の軍が徐々に進んで来ているというのに、我々はその『桜』の苗木を植えているのだ。
この緊張感の無さに、変な笑いがこみ上げてきそうだ。
「我が村では、『梅』という苗木を頂きました。この『梅』のおかげで、スタンピードを耐えきったのです」
「スタンピードですと」
「ええ」
ネドリ殿曰く、その『サツキ様』が育てた植物には、何かしらの力が宿るとか。
しかし、自分の目にはただの苗木にしか……。
「ち、父上!」
背後にいたアーサーの驚きの声に、目を向ける。
エイデン様の隣に立ち、なぜか傷ついていたはずの右腕を振り回し、今度は腰の剣を抜いて、素振りをし始めた。
「なっ、何をしている」
「父上、父上、う、腕が、腕が治りましたっ!」
「……は?」
いったい何が起きたのか。
驚きが勝り、一瞬固まる。
「ほお。さすが五月だな。ほれ、辺境伯も食してみよ。甘さの中にほろ苦さがあって、旨いぞ」
エイデン様が掌サイズの透明な瓶を持って、私の方へとやってきた。
その中に入っている物は、鮮やかな赤みがかった黄色い細い何か。それに白い小さな粒をまとっている。
「なんでも五月の国では『ハッサク』という果実があってな、その皮で作った『ぴーる』とかいうものらしい」
瓶の中から1本だけ、抜き取り口にする。
「はぁ……あ、甘いっ。もしや、この白いのは砂糖っ!?」
砂糖などの高級品を、このように使うとは。
驚きの連続のなか、自分の中の異変に気付く。先ほどまでの疲れが、溶けるように抜けていき、身体に残っていた節々の微かな痛みが消えていってるのだ。
「……こ、これはいったい……」
「フフフ、ラインハルトは運がいい」
「……」
いったい、何が起きているのか。
エイデン様の手の中の瓶に目を向ける。私の目に見えているのは、ただの果実の皮の菓子ではないのか。
「五月からの差し入れだ。他の者たちにも分けてやれ」
「はっ!」
瓶を受け取り、アーサーとともに、急ぎ、砦の中の救護室へと向かう。
救護室には、先日の小競り合いで傷ついた者たちが多数いるのだ。
『ラインハルトは運がいい』
エイデン様の言葉をかみしめ、神に感謝をしたのは言うまでもない。





