<ヘドマン辺境伯>(2)
「エイデン殿やネドリ殿は、どうされていますかね」
どこか憧れをもった息子の声に、現実に戻される。
「そうだな。また大きな獲物でも狩っているんではないか」
ネドリ殿と共にふらりと現れては、巨大なワイルドボアや、オーク、時にはオーガなど、我が領の冒険者には手に余るような魔物すら、冒険者ギルドに卸していく。
そのついでとばかりに、帝国側で何やらやっているようだが、そこは敢えて問わないことにした。
『聞くな』
ネドリ殿の目が、そう言っているからだ。
そして、きっと彼が、『そのうちわかります』と言っていたことなのではないか、と勝手に予想をしていた。
「……父上、あれは……なんでしょうか」
アーサーの指さす方向へと目を向ける。
「何……は?」
私の目に映っているのは、幻だろうか。
大きな黒い羽を広げ、こちらに向かってくるのは。
「……ド、ドラゴンッ!?」
ジェアーノ王国ではドラゴン種の生息は確認されていない。
ただ、最近、帝国側のあちこちで暴れているという情報があった。その共通している情報は、黒く巨大な個体であるということ。
今、我々の目にしているのは、まさに、その巨大で黒いドラゴン。
そのドラゴンが徐々に我々の方へと向かってくる。
まさか、我が領に、と思うと、絶望で目の前が暗くなる。なぜ、このような不運が続くのか。
黒い巨大なドラゴンが我々の目の前へと降下してきた。
「父上っ!」
真っ青な顔のアーサーが私を守ろうと前に立ち、腕を震わせながら、剣を差し出す。
『……何をやっておる』
聞き覚えのある声に、身体が固まる。
『おい、アーサー、下ろす物があるのだ。場所はどこがいい』
再び、少し苛立ったその声に、まさか、と思いながら、声が出ない。
「え、あ、エ、エイデン殿、ですか」
『あ? それ以外の何者でもないが』
アーサーの掠れた声に、憮然として答えるドラゴン。
「エイデン様、今、ドラゴンのお姿ですから」
なんと、今度はドラゴンの背からネドリ殿が顔を出してきた。
あの背に乗ってなどと、まさかの伝説の竜騎士のようではないか。
『あ、そうだったな。すまん、すまん。ほれ、この馬車を下ろしたいんだ』
ドラゴン……ではなく、エイデン殿の腕の中には、小さな箱馬車が抱えられていた。
「で、でしたら、この城壁の裏に」
アーサーの声にエイデン殿が頷くと、ばさりと大きく羽ばたき、強い風に周囲が煽られる。
「うっ……た、確かに、あの身体であれば、短期間で移動もできますね」
「そうだな」
そして、もう一つの疑問……帝国側でのドラゴンの情報も。
なんの為に我々に手を貸して下さっているのか、疑問はあるものの、こちらとしては大いに助かっていることは事実だ。
城壁の裏手に着いてみると、すでにドラゴンの姿はなく、人の姿のエイデン殿とネドリ殿、その仲間と思える狼獣人が数名、箱馬車のそばに立っている。
ドラゴンの腕の中にあったときは小さいと感じたそれだったが、こうしてみると大分立派な造りになっている。
「来たか」
「エイデン殿、この馬車はいったい……」
「おい、着いたぞ。出てこい」
エイデン殿が箱馬車を叩きながら声をかけると同時に、箱馬車の戸が開く。
「……ラインハルトっ!」
ひょっこりと顔を出したのは、数カ月ぶりに会う我が子だった。





