第350話 迷いだす私と、ヤル気のジジババ
昔、獣人の村には山羊や牛を飼っている家が、何軒かあったらしい。
しかし、一時期、強い魔物が増えたことがあって、村の外れにあった家畜を飼っていた家々が何度も襲われたのだそうだ。それ以来、家畜になる生き物は飼わなくなったという。
怖いなぁ。
でも、この辺りはホワイトウルフたちのお陰で、魔物は見かけないから、安全っていえば、安全。まともに生きた魔物を見たのは、獣王国でのオークくらいだもんなぁ(げっそり)。
「もし、牛を飼われるのでしたら、サツキ様が面倒をみられるので?」
ハノエさんが、ワクワクした顔で聞いてくる。ちょっとカスティロスさんと話しただけなのに、さすが獣人、耳ざとい。
1頭、2頭くらいだったら、鶏と同じように面倒見られるかな、とチラリと思う。でも、今でも、ガズゥたちに手伝ってもらってるしなぁ……。
そういえば乳牛って、何頭くらいで飼うのがベストなんだろう。
いや、乳牛って、子供を産んでる母牛じゃなきゃダメじゃない?
思いつきで聞いてしまったものの、ちょっとだけ不安になってきた。
「あー、そう思ったんですけど……ちょっと現実的じゃないですかね」
「あ、あの、もし、よろしければ」
ハノエさんの後ろから、少し小柄なおじいさんが顔を出した。
見覚えがあるのは、ホワイトウルフの毛梳きグループの中にいたおじいさんの一人だったからだ。
「わ、わしにお手伝いさせてもらえませんか」
おじいさんは片足を引きずりながら、私の前にやってきた。
「わしの家で、昔、山羊を飼ってたんですわ。牛は飼ったことはないですが、もし、飼われるんであれば、やらせてもらえませんかの」
ちょっと必死すぎて、腰が引ける。
ハノエさんが苦笑いしながら教えてくれた。
彼の名前は、ゲハさん。彼の足が悪いのは、まさに昔、魔物から山羊を守ろうとして、怪我をしたらしい。
「えーと、ゲハさんは、ご家族は」
「……ばあさんには先立たれました。息子たちは、別の村に住んでます」
「お一人じゃ、ちょっと大変なんじゃ」
足が不自由そうだし。
「サツキ様、あたしらも手伝うで、ゲハにやらせてもらえないかい」
私が迷っているところに、同じ毛梳きグループのおばあちゃんたちまでやってきた。
なんでも、ゲハさん、毛梳きグループにもおばちゃんたちに引っ張られてやってくるくらい、本来はひっこみじあんな人なのだそうだ。
その彼が、やりたいというのは、それはもう、凄いことらしい。
――いやいや、なんか、周りの方が盛り上がりすぎでは。
「あー、うん。でも、飼ったことないんだよね? 牛」
「うちは山羊だったんで……牛を飼ってた家はぁ……」
……皆の顔つきで、うん、察した。
とりあえず、飼い方とかを牧場で聞いた方がいいような気がするんだけど、その前に、その牧場が売ってくれるかどうか、だと思う。
「とりあえず、飼う方向でよろしいですか?」
ずっと無言だったカスティロスさんの発言に、ハッとする。
「す、すみません」
「いえいえ、まずは、牧場に売り物になる牛がいるかどうか、ですが。サツキ様のお求めになっているのは、乳の出る母牛でしょうか」
「え、なんで」
「フフフ、チーズをご覧になってからの、牛ですから。さすがに私でもわかります」
「あ、あはははは」
あからさま過ぎた模様。
「なんだい、牛の乳が欲しかったのかい?」
「ありゃぁ、腹を下すのが多いが、サツキ様は大丈夫なのかい」
心配そうなおばあちゃんズに、苦笑い。
今まではないけど、こっちの牛乳ではどうだろう。
そこは『鑑定』してみたらわかるんじゃないか……と思う。





