第345話 サクランボの種
結論から言えば、ドワーフたちのお迎えはエイデンがネドリとケニーたち若い冒険者たちと共に行ってくれることになった。
ケニーたちは今まで獣王国周辺での依頼をこなすことが多く、あまり他国まで足を伸ばしたことがなかったのだとか。
「ドワーフたちにも移住の準備があるでしょうし、その間、他所の冒険者ギルドの依頼をこなしてみるのもいい経験です」
そしてその間に、エイデンがジェアーノ王国のことも確認してきてくれるらしい。私に出来ることもエイデンが示唆してくれた。
「ネドリたちの村にやったように、五月の育てた植物を植えてやればよかろう?」
そういえば、一度村に帰るときに、梅の苗木を持たせたことを思い出した。
あれがスタンピードに襲われた村を守る結界を張ってたんだった。
「でも、今、梅の木の苗は用意してないわ」
今ある黒ポットの苗は、マンゴーとユグドラシル。マンゴーの種は、固い殻の中に入っていた物で、残念ながら私が口にしている物ではない。
精霊パワーで、すでに小さい芽が出ていたマンゴーを鑑定したけれど、残念ながら結界や浄化のような力はなかった。
ユグドラシルの枝は、浄化の力はあったけれど、まだ微々たるもの。
そもそも、量がない。
「そうだ。『収納』の中にいくつか種をとっておいたはず」
私が食べた果物の種に、結界や浄化の力があるのに気付いてからは、気付いた時に種を保存していたのを思い出した。
タブレットの画面で『収納』のアプリを立ち上げる。
「あー、これこれ」
表示されているのは『梅の種』『サクランボの種』『林檎の種』『蜜柑の種』。
中でも、一番多いのは、やはり『サクランボの種』。去年、桜並木にたわわに実ってたのを食べまくったのを思い出す。あれ、美味しかったなぁ。
とりあえず、『収納』から取り出してみると、掌サイズの大きさの瓶の中に丸々としたサクランボの種がぎっしり入っている。
「……けっこう食べてたね」
これから黒ポットに植えて、精霊たちにお願いすれば、そこそこの苗木にはなるはずだ。
しかし、問題はどれくらいの量を育てなければいけないか、予想がつかないこと。そもそも、帝国との国境ってどれくらいの距離があるのよ。
そもそも、苗を育てる黒ポット、足りる?
……なんか気が遠くなりそう。
「随分と食ったもんだな」
呑気なエイデンの言葉に、現実に戻される。
でも、言葉の通り、けっこう食べてたって、実感する。
「今年はエイデンも食べられるでしょ」
「おう! そうか!」
「エイデン様、サクランボ、凄く美味しかったです!」
すっかり人気者のエイデンの周りに、子供たちが集まってくる。
「おいしかった!」
「……また、たべたい」
「そうか、そうか」
「そんナに、オいしいの?」
「そうだぞ、ハルト。実が生ったら、一緒に食べような」
ガズゥの言葉に、目をキラキラさせているラインハルトくん。
……なんか、尊い。
「そういえば、五月の植物の結界は、条件があるのではなかったか?」
「はっ!」
獣人の村の梅の木は、私が『まもりたいもの』がなくなった時、ただの梅の木に戻ってしまうと、精霊たちが言っていた。エイデンもそれを聞いていて覚えていたのかも。
私が守りたいと思うのは、目の前にいるラインハルトくん。彼がいないヘドマン辺境伯領を、桜の苗木が結界を張ってくれるだろうか。
「まずは、様子を見てこよう。その間に、五月は苗を準備すればいい」
「そうね」
「ラインハルトも早く戻りたかろう」
ガズゥたちと元気に追いかけっこをしてはいるものの、まだ彼は10歳の男の子なのだ。
――戦争なんて、嫌だ、嫌だ。
思わず、深いため息をついてしまう私なのであった。
 





