<司祭ピエランジェロ>
ピエランジェロ一行は、辺境の村に赴き、イグノス神の契約書を受け取り教会に戻った。
その事実は、領主代行にも、大きな衝撃を与えた。
「し、司祭殿、こ、これは本物なのか」
目の前に置かれた、見慣れない薄くて白い紙に、領主代行の指先が触れる。これが神との契約書だといわれると、そら恐ろしくて、指先だけで精一杯の領主代行。
「はい。村の代表と思われる若い女性から渡されまして……イグノス神からのお言葉を頂きました」
「そ、そうだったな。同行していた護衛たちからも聞いてはいたんだが……」
そして、その場で司教に天罰が下った、という報告も受けていた。
愚かにも、この契約書をピエランジェロから奪い取り、破り捨てようとした結果だという。その様子は、同行していた冒険者たちの話から、街の中でも噂になっている。
「と、とにかく、あの地には手は出すな、ということはわかった。義兄上にも報告せねばならんな。あそこが神の地ならば、国にも報告せねばならんだろうし……それよりも、教会の方は大丈夫なのか?」
「……司教殿があの状態なので」
雷の落ちた司教は、未だに意識は戻らず、黒こげ状態のまま、教会内の一室で療養中だ。
療養と言っても、治癒魔法の使い手が何度も魔法をかけたものの、まったく状態が変わらないまま。
「……教会の方は司祭殿にお任せしてもよろしいか」
「畏まりました。司教様があの状態では、お付きの者も身動きがとれないでしょう。私が王都まで参ります」
さすがに神との契約書を、辺境の街の教会に保存していることは現実的ではない。
教会本部、もしくは王家で保管が望ましいと思えた。
領主代行に深々と頭を下げると、ピエランジェロは、執務室から出ていった。
ピエランジェロは王都に着くと、すぐに教会本部へと向かった。
すでに王家には領主からの報告が上がっており、教会本部ではピエランジェロと、神との契約書を確認するために待ち構えていた。
「それが例の契約書か」
大きなテーブルを挟み、大司教の向かい側に座る、現国王の王弟、オーケルフェルト公爵がピエランジェロの手元に目を向ける。
「はい、さようでございます」
従者が差し出したトレーに、契約書を載せる。
オーケルフェルト公爵はしげしげと見た後、大司教へと書類を渡す。
「……ケディシア伯爵からの報告では、その場にいた者全てが、神の姿を見、声を聞き、山々が光ったということであったが」
契約書を見ても実感がわかない公爵と、うっすらと口元に笑みを浮かべながらも冷ややかな目でピエランジェロを見つめる大司教。
「はい。あのお姿は、教会に祀られておりますお姿そのもの。皆が跪き、祈りを捧げました」
「……その契約者の者に騙されているのではないか?」
馬鹿にしたような大司教の言葉に、ピクリと眉を動かすが、静かに言葉を続けるピエランジェロ。
「では、いまだケディシア伯爵領で伏しているゲレロ司教に下された神罰についてはいかようにお考えだと?」
「ふん、それも含めて、だ」
「お疑いであれば、ご自身で契約書を破棄されてみてはいかがか」
ピエランジェロの冷ややかな声にも、大司教は表情を変えずに、側仕えの若い神官に契約書を渡す。
「たかが紙ではないか」
「ゴンフリー大司教! 何をなさるっ!」
「オーケルフェルト公爵、ご心配めさるな……このような企みに騙されるとは、やはり耄碌しているようだな、ピエランジェロ。さっさと、破り捨ててしまえ」
「はいっ」
若い神官が、大司教からの指名に嬉々として紙を破ろうとした瞬間。
ズドドーンッ!
「ギャァァァァッ!」
「グワッ!?」
室内だというのに、雷が落ちた。
それも若い神官だけではなく、大司教にまで飛び火した。
神官は、司教同様に黒こげになって倒れ、大司教は辛うじて衣服の半身に火がついたが、すぐに消し止められた。
「な、なぜ、室内にっ、ピエランジェロ、貴様かっ!」
「愚かな……申しましたでしょう。神罰が下ると」
「ピエランジェロッ!」
「大司教殿」
驚きに中腰に立ち上がっていたオーケルフェルト公爵だったが、すぐに現状を把握した。
そして、彼の冷ややかで重い声が、室内に響く。
「こちらの書類は、コントリア王家にて保管するのが、相応しいもののようだな」
「オ、オーケルフェルト公爵」
「ピエランジェロと申したか、構わないな」
「はい。内容も土地に関わることですので、よろしいかと」
「ふむ……サチュキ・モチヂュキ……変わった名前の者のようだな。神に愛されし者は」
「……はっ」
ピエランジェロの脳裏には、荒地で会った五月の、イグノス神を見たポカンとした表情が浮かんだ。
そして思う。
あの村には、教会はあるのだろうか、と。





