<ジャロ>
あまりの大声に、全員が渋い顔になる。
「はぁぁぁっ? は、俺たちの方だっての。なんだよ、私有地って。あの山は、領主様のもんじゃねぇのか?」
「いや、国のじゃねぇの?」
マックたちの言葉に、ジャロはハッとする。
「キャシー、世界地図を持ってこいっ!」
「は、はいっ」
慌てて女性職員が執務室から飛び出し、大きな地図を持ってきた。
「なんだよ、今更、確認かよ」
「ああ、今更だがな」
ジャロの額に汗が光る。
彼は昔話を思い出していた。子供の頃に、村の老婆が子供らに語る、誰もが聞いたことがあるのに、すっかり忘れてしまうような、そんな昔話を。
「ギルマス、これでいいですか」
「ああ」
執務用の机に大きく広げられたのは、全冒険者ギルドに配布されている共通の大陸の地図だ。使い込まれているせいもあり、若干日焼けをした上に色褪せている。
中央にあるのが、この大陸の中で最大の霊峰ヘレナ。
この山には昔から聖獣が住むと言われている。今でも登頂を試みる者が多くいるが、無事に戻ってきた者がいたという話は聞いたことがない。
そんな霊峰を囲むように多くの山々が連なり、ケセランテノ山はその連峰の北北西の端にある。
「うっ……やはり」
ジャロの呻く声。
地図は国ごとに色分けがされている。
大まかには三強と言われている、ビヨルンテ獣王国、ドグマニス帝国、コントリア王国が、赤、黄色、青。この3国が連峰を囲むように存在し、霊峰ヘレナを除き、山々も各国の色がついていたはずだった。
「なんか、ここ白過ぎない?」
「まさか、ここは」
「……神の領域は、どんな地図でも白くなる」
彼らの目に映っているのは、明らかに白抜きされた山の部分。
ビヨルンテ獣王国からコントリア王国側の山々の一部が、漂白したかのように白い。
「え、まさか」
冒険者たちは慌てて荷物から自分の地図を取り出し始める。
「いやいやいや、俺の地図には、そんな白い部分なんかなかった……はぁっ!?」
彼らの持っている地図は、ビヨルンテ獣王国を中心にした近隣しか表示されていない地図だったが、魔の森とケセランテノ山の端までは載っていたのだ。
「マジかよ……」
「急ぎ、領主様へご報告しなきゃならん。お前らの報酬は、下で受け取れ」
「……もう、あの山には入れないってことか」
「神の領域、と言われちゃな」
「くそっ、フォレストウルフどもは入れたのに」
マックの言葉に、ジャロの動きが止まる。
「……それはどういうことだ」
「ドアがあるという話はしたよな」
「ああ」
「人サイズのドアの他に、なぜか、フォレストウルフどもが入るスイングドアが1か所だけあったんだよ」
「なんだよ、だったら、そこから入れるじゃないかっ!」
「だから、入れないんだって」
「あたしらも、入れないか試してみたけど、動きゃしない」
「なぁ? なぜかフォレストウルフどもだけは出入りできてるんだぜ? 奴らには神の加護でもあるってのかね」」
「……まさか」
「万が一もあったらヤバそうだから、討伐はしなかったけどな」
何が起きているんだ、と困惑するジャロは目を閉じ、大きくため息をついた。





