<エイデン>
五月は覚えてもいないようだが、実はこの獣王国に近い山の奥に、ガズゥたちが監禁されていた洞窟があった。
ビャクヤにしがみついていて周囲を見る余裕もなかったのだから、仕方がないだろう。
エイデンは五月の元にやってきた当初、ビャクヤたちからガズゥたちのことを聞いていたので知ってはいた。
まさか、その土地が五月の物となるとは思ってもいなかったので、気にもしていなかったし、当然放置していた。
『まったく、厄介な場所を五月に押し付けおって』
五月達を軽トラごと置いて飛び立ったエイデンが向かった先は、その問題の洞窟。
今では洞窟周辺は、すでに草木が生えて、洞窟の存在自体を覆い隠してしまっているが……。
当時、死体や血まみれの洞窟の状態に見切りをつけた奴隷商人たちは、二度とこの地に来ることはなかったが、この洞窟に辿り着くための道はまだ微かに残っている。
その道の先は二手に分かれ、一方は獣王国に、もう一方は帝国へと繋がる。
『容易に入ってこれないようにしておくか』
谷間を抜けていく2本の細い道に、攻撃魔法でも壊すこともできない巨大な岩をいくつも落としていく。
これでは当然馬車や馬などは入り込めないだろうし、ただの人族では登るのも厳しい。
『念のため置いていくか』
エイデンの掌に2つの黒い岩が現れ、徐々に形が変わっていく。両方ともがノワールと同じ姿に変わり、それぞれの道を塞ぐ岩の上に置いた。
『我が命じる。五月に連なる者以外の入山を禁じる。お前たちは、この道を守れ』
『ハイ』
『オオセノトオリニ』
ぼわんと黒く光った岩。
これでひとまずは安心と、ぶわりと飛び立つエイデン。
五月が手に入れた山々と帝国との間には急峻な山が連なっている。それだけではなく、かなりの高ランクの魔物たちの存在も感じられる。
――山の主がおれば、問題なかろう。
一方の五月の山の中にいるのは、獣だけ。
魔物がいないのは、イグノス神の光があがったせいだろう。
そして小さな精霊たちが、ポツリポツリと生み出されていく。これもイグノス神との契約と共に、五月の存在が近くにあるせいだろう。これらが育てば、五月の結界の補助にもなるだろう、と目元が緩む。
そのエイデンの視線が、獣王国に向く。
『帝国は動かんが……こちらはそうもいかんか』
元々、魔の森に入っていたのか、獣人の存在が何か所かに感じ取れる。
五月たち周辺にはいないものの、大きな魔物の気配もある。
『邪魔だな』
右手を軽く振っただけであったが、獣王国側の魔の森の周辺に黒々とした雲が現れ……猛吹雪が始まった。
少し悦に入っていたエイデンではあったが、雲が広がり、冷たい風がエイデンの方へも流れてきて気付く。
『あ、いかん! これでは五月も凍えてしまうではないかっ!』
慌てて五月の元に戻るために飛んでいくエイデンなのであった。





