第315話 男の子の涙
「ダメじゃのぉ」
オババさんの悔しそうな声が聞こえる。
慌てて村人たちをかき分けて中に入ると、気が付いた3人が壁際で互いに抱き合っている姿が目に入る。警戒心丸出しの目つきと、その痩せ細った姿が痛々しい。
「オババさん!」
「あ、ああ、五月様!」
オババさんが立ち上がろうとするのを止める。
「何がダメ?」
「ついさっき目が覚めたんじゃが、何を言っても、水も口にせんのじゃ」
「なんか、俺たちを怖がってる感じなんだよな」
「うん」
周囲の獣人たちも心配そうに見ている。
そして、手に木のコップを持ったまま困っているオババさん。
私が3人の方へと目を向けると、何が何でも拒否って感じが、ありありと伝わってくる。あまり近づくと、余計に嫌がられるかと、その場にしゃがむ。
『私の言葉、わかる?』
私の言葉に男の子が大きく目を開く。
『僕たちの……言葉がわかるの?』
『ええ』
男の子だけではなく、老人と女性が少しだけ身体の力を抜いたようだ。会話が成り立たない状況というのは、かなり緊張するよな、と私でも思う。
『この人達は大丈夫。とりあえず、これ、水、飲める?』
オババさんの手にある木製のコップを受け取って、差し出してみるんだけど、誰も手を伸ばしてこない。
仕方なしに、今度は『収納』から梅ジャム茶入りの紙コップを取り出す。
『じゃあ、これはどう? 温かいよ?』
微かに甘い匂いがするそれに、男の子がコクリと喉を鳴らす。
『どうぞ?』
男の子が手を伸ばそうとした時。
『坊ちゃま、私が先に』
母親だと思ってた女性が、男の子の手を抑えて、手を震わせながら紙コップを受け取った。目線は私の顔を外さない。
紙コップに口をつけて、少しだけ口に含む。
『!?』
女性の目が大きく開く。
あ、まだいれたてだから、熱かったかも。
『ライラ、大丈夫か』
『は、はい。坊ちゃま、とても甘くて美味しいです』
ライラと呼ばれた女性が、ぽそりと何かを呟いてから、紙コップを男の子に渡す。男の子は素直に受け取って、紙コップに口をつけ、目を大きく開いたと同時に、残りも一気に飲み干した。
その様子に、獣人たちもホッとする。
私は残り2人分の紙コップも取り出して渡すと、今度は素直に受け取ってくれた。
『……これは何ですの」
女性が訝しそうに問いかけてくる。
『これを飲んだだけなのに、身体に力が戻ってくるような感じがいたします』
『梅ジャム茶よ。私のお手製の』
『ウメジャム? 聞いたことはありませんが……これほどの甘みのあるモノ……高価なものなのでは』
女性の言葉に、男の子がビクッと震える。その肩を老人が守るように抱き寄せる。
『いえいえ、ここではそんなに高いモノではないですよ』
『……本当に?』
うーん、疑い深いな。
『五月様のご厚意だ。気にするな』
え? と思ったら、背後にネドリが現れた。彼も、男の子たちの言葉がわかるようだ。
「ネドリ、戻ってきたの?」
「ええ、何とはなしに気になって戻ってきたら、このような状況だったので……一応、皆に状況は聞きました」
そして男の子たちの方へと目を向ける。
『その言葉、ジェアーノ王国の者だろう。なぜ、そのような者がここにいる』
ネドリの言葉で、男の子を守るように、より一層身体を寄せる。その目は怒りに満ちている。どういうこと?
「ネドリ、そのジェアーノ王国って?」
「ジェアーノ王国は、帝国の北東にある国です。帝国の中を抜けてこなければなりませんが、今は、帝国と戦争中だと聞いていますが……」
『お、お前ら、獣人が介入しなければ!』
甲高い男の子の声が響く。
『父上も母上も死ななかったのにっ!』
その言葉に固まる私は、ボロボロと泣く男の子に、目が離せなかった。





