第308話 冬の手仕事 ―クッキー作り―
村長の家のキッチンの窯を見ていて、ボソリと「オーブンあったらなぁ」と呟いたのが運の尽き。耳ざといママ軍団から、ドワーフたちに話が流れ、ついには、賃料代わりにと、ドワーフたちが鉄製の薪ストーブ兼オーブンを作ってくれるという話になったのは、少し前のこと。
2段に分かれた薪ストーブ。上に薪を入れて、下に焼きたい物を入れるタイプ。天板にヤカンやフライパン、鍋を置いてもいい感じ。
ドワーフってば、素晴らしい!
さすがに大きくてログハウスの中には入れられないので、ログハウス前に東屋を新しく作って、そこに設置した。
そして、今回初めて、火を入れる。
まずはクッキー作りで使ってみようと思って、今に至っているのだが……すんごく視線を感じる。
「あの、エイデン?」
「うん? なんだい?」
椅子に腰かけながら、私の作業を見つめるエイデンの視線は、穴が開くんではないか、というくらい強い。そんな見られたって、すぐにはできないんだけど。クッキー。
獣人たちの村でエイデンと会って、結界内に入ることを許可して以来、ずーっと私の後をついて歩いている。
木を『伐採』していても、ハーブの世話をしていても、鶏の卵を採ってる時でも、ママ軍団とおしゃべりしている時でも、だ。ただ無言で、ニコニコしながらついてくる。
――親鴨についてまわる小鴨か!
ダンジョンはもういいのか、と聞いたら、すでに攻略済みだとか。
はぁ? である。
ネドリたちは、まだ20階までも行っていないのに、さすが、と言うべきか。
ちなみに、階層は60階までだったそうで、あのもらったプレゼントが宝箱に入ってた物の一部らしい。
そう聞いたら、もしかして、アレって大層なものだったんじゃない? と怖くなったが、メインで入ってたのが、かなりヤバい武器だったそうで、そっちの方がいい物だったらしい。
さすがに夜は自分の城に戻っているけど、朝になるとニコニコ笑顔のエイデンがウノハナたち、ちびっ子3匹とともに玄関先で待ってるっていう。
ちびっ子の腹の据わり具合も凄いとは思うけど……それよりも、私の判断は間違っていたのだろうか、と悩むところである。
「それが食える物になるのかぁ」
私の手元の棒状の生地に興味津々なエイデン。
今、私が作ろうとしているのは、うろ覚えのアイスボックスクッキー。ラップに包んでいた細長くした生地は、さっきまで冷蔵庫にしまっておいたヤツ。これをラップを剥いてからまな板に載せて、1cmくらいの厚みで切っていく。丸い生地の周辺に砂糖をまぶして、鉄板に並べていく。
「あとは、この中に入れて焼きあがるのを待つだけ……」
すでに薪に火は入っているので、オーブンの中はかなり熱くなってる。
あとは焦げないように気を付けないとだけれど、こればっかりは、なんともいえない。
焼きあがるまでは、コーヒーでも飲みながら待とう。
「インスタントだけど、飲む?」
「五月がくれるものであるなら、なんでも」
うぐっ!
なんなんだ、このイケメンのパワー。古龍でストーカー気質のエイデンだってわかっていても、この美しい笑顔に、目を覆いたくなる。
マグカップにブラックのコーヒーを入れて渡すと、冷ましもせずに、ごくごく飲んでいく。熱くないのだろうか。
「ふむ、旨いな」
……本当に?
私はマグを両手で持ちながら、エイデンの様子に呆れるのであった。





