第302話 不審者
ドッグラン周辺では、老人たちとホワイトウルフが日向ぼっこしながら毛梳きをしている。作業小屋の在庫がなくなったので、老人たちの何人かが毛梳きに集まっていたのだ。
私も老人たちと一緒に毛梳きをするが、これがなかなかの一仕事になって、じっとりと額に汗がにじむ。
「ほれ、腹の方見せてみ」
「おお、気持ちいいか」
――なんか、いい。
穏やかな空気の中、鳥のさえずりが聞こえてる。風は冷たくなっているのに、木立の合間にあるせいか、風が抜けていくこともなく、むしろ、日当たりがよくて、ポカポカするくらいだ。
ホワイトウルフたちも気持ちがいいのがわかっているせいか、大人しく周りに集まって、入れ替わり立ち代わり老人たちの元へとやってきては、暢気にお腹見せてる。
あの、ホワイトウルフたちが。
もう、ウルフ(狼)じゃないよね、犬だよね。
ちょうど目の前の子の毛梳きが終わり、次の子を呼ぼうと視線を向けようとした時、急にホワイトウルフたちが立ち上がり、一方向へと目を向けた。
ドッグランの周辺は、伐採はしたものの、まだ木立に囲まれているような場所。徐々に木は少なくなって荒地に繋がるけれど、この辺はまだ木が多くて、視界は開けているとは言えない。
「ど、どうした?」
彼らのいきなりの反応に、びっくりする私。
――もしかして、魔物?
この子たちがいるので、この辺には魔物とかはいないと思ってたんだけど。
一方で、老人たちの方は、驚くこともなく、ホワイトウルフたちが目を向ける方向へと、視線を向けている。
「……五月様、今日はこの辺で止めときましょうか」
毛梳きのリーダーの老人、ゲッテルさんが言うと、周りにいた老人たちは後片付けを始める。先ほどまでの長閑さとは一変、顔つきが厳しい。
「……はい」
私にはわからない何かを、彼らは感じ取ったのかもしれない。
私も荷物を『収納』すると、老人たちに気を付けて戻るように声をかけて、そのままドッグランの中を経由してログハウスへと戻ることにした。
『五月様』
「ビャクヤ!」
山の斜面の小道を歩いていると、いつの間にか、ビャクヤが私の脇を歩いている。
「皆、どうしたのかな」
『木立の外に不審者がいたようです』
「マジ!?」
『ええ。でも、精霊たちがなんとかしたようですから』
そう言われて、一瞬、その不審者、大丈夫だったかな、と思ってしまう。
『それよりも、あの辺でお仕事をされるのなら、あの辺も何かされた方がいいのでは』
「あー」
ドッグランの中に入っていれば問題はないと思ったのだけれど、作業小屋は外側だし、獣人の老人たちは中に入れない。
「どうしたもんかねぇ」
うーん、と唸りながら、山の斜面を登っていく私なのであった。
* * * * *
木立が切れた場所で、3人の男たちがウロウロしている。彼らはケイドンの冒険者ギルドの依頼を受けた冒険者たち。
彼らのいる場所からは、獣人の村は見えない。
「あそこに村が出来てるってことは、奴らはこの山にも入り込んでるってことだろ?」
「『聖なる山』って昔から言われてたけどなぁ」
「あんなデカい村になってるんだ。山の恵がなきゃ無理だろ」
「まずは、山、調べてみるか」
「山から村の中を見ることができるかもしんねぇしな」
「よし、いくべか」
気合を入れて木立の中へと入っていく。
「なぁ、おかしくねぇか」
「あ?」
「お前もそう思うか?」
なぜなら、いつまで経っても山の斜面に辿り着かないのだ。
「そんなに離れてなかったよな」
「ああ」
「……おいっ」
冒険者の一人が、押し殺した声をあげる。
木々の合間から、彼らの目に入ったのは、白い体毛の獣。それが何頭もだ。
「ホワイトウルフだ」
「ヤバい、ヤバいぞ」
「声を出すな! ゆっくり、ゆっくり下がれっ!」
木立から逃げ出した冒険者たちは、かなり離れたというのに、変わらずに声を抑えている。
「この山から行くのは止めた方がいいな」
「あんな大群がいるとか……村の連中は大丈夫なのか」
「共存してっから、あの規模の村が出来てんだろ」
冷や汗を流しながら、ケイドンの街に戻るべく、足を早めた。





