第277話 水浴び場とドワーフ
ドッグランの傍に出来た穴の中で、ドワーフたちが楽しそうに土の壁面にタイルを貼っている。
穴の大きさは25mプールくらい、深さは私の腰くらいだろうか。自分でもちょっと張り切ってしまった感はあるけれど、あのホワイトウルフたちが入るのを考えたら狭いくらいかもしれない。
穴の傍には、穴のために伐採した木を使って建てたドワーフたちの休憩用の東屋がある。私は彼らの休憩用のお茶を用意している。
「五月様、すみませんな」
汗を拭いながら声をかけてきたのは、ドワーフのリーダー、ヘンリックさんが穴から上がってきた。
「いやぁ、あんないいタイルは初めて見ました。かなり金額がしたんじゃないですか」
「あははは」
実は、レンガ用の窯で獣人たちに作ってもらってました。なにせエイデンが、どこからかトってきてくれるので、作るつもりで用意した粘土が余っていたのだ。
その上、精霊たちが張り切ってお手伝いしてくれるおかげで、たくさんできちゃったんだよねぇ(遠い目)。
釉薬がないので、ほぼレンガの薄い版のはずなんだけど、なんでかツヤツヤしていい感じなんだよねぇ(遠い目)。
「お茶入ってますから、皆さん、どうぞ」
「おー」
「すんません」
ぞろぞろと穴からあがってくる様子は、やっぱり白〇姫の小人たちにしか見えない。
彼らは皆、村の中に作った小型のログハウス(私の家と同じタイプ)を2つほどを宿舎にして、ここまで来て作業をしてくれている。彼らのお世話は、ママさんたちにお任せ。助かる。
実はドッグランの場所は、村の位置とは山を挟んでほとんど反対側にあたる。
私はログハウスの敷地から下に下りるだけだったし、使うのはホワイトウルフだけだから気にしたことがなかったけれど、村からは道のないところを歩いてもらうことになる。それに気付いた獣人たちが、自主的に道を作ろうと言ってくれたのだ。ありがたいことだ。
道が開通したところで、ドッグランを初めて見た獣人たちは、ホワイトウルフたちの多さにびっくりしていた。厩舎に、ゴロゴロ寝てる子もいたりするんだもの、驚きもするか。
一緒に道づくりまでしたドワーフたちが逃げ腰になってたのは、仕方がないかもしれない。
水浴び場は、作業が始まって2日目には、すでに半分くらい出来ちゃっている。
さすが職人、凄い。
「はー、しっかし、ここはいいですなぁ」
ヘンリックさんが、しみじみと言うと、他のメンバーもうんうんと頷いている。
「皆さん優しいし、飯も旨いし、何より、精霊がこんなに多いなんてなぁ」
「そうです、そうです。俺もびっくりです」
「いや、それよりも、あの大木なんですか」
「あー、あの池のそばのな!」
はい、ユグドラシルですね。
なんか、色々面倒な感じになるようなので、笑って誤魔化す。それにしても、ドワーフにも精霊が見えるんだ、と知って驚いた。
「親方ぁ、おらぁ、こういうとこに住んでみてぇ」
若い見習いドワーフがぽそりと呟いたのが聞こえた。
なんか、すんごい感情が籠ってるんですけど。
「こら、黙れ」
別のドワーフが諫めている。
正直、皆、似たような格好で顔だから、リーダーのヘンリックさんしか、名前を全然覚えられていないんだよ。若手2人は髭がないんで、見習いなのはわかるんだけどね。
「でも」
「アルバン、黙れ」
今度はしかめっ面をしたヘンリックさんが言う。
「フフフ、ありがとうございます。ここ、いいですよね」
「いいっす!」
「アルバン」
「五月様ぁ、おらぁ、ここに住みてぇです!」
「そ、そんなこと言ったら、おらだってぇ!」
空気を変えるためにと、煎餅の入った器を差し出しながら話を変えるつもりだったんだけど、なんと、若いドワーフ2人が、住みたいと言いだしたよ。
「我儘言うな」
「親方ぁ」
「五月様、すみませんな。気にしないで下さい」
「あー、はい」
でも、気にするなと言っても、気になってしまう。
『さつきぃ、このこらは、ながれのどわーふよ』
『どこにもいばしょがないの』
『うではいいのにねぇ』
土と火の精霊が、私の周りでこそこそっと耳打ちしてきた。
「ながれのドワーフ?」
思わず零れた言葉に、ヘンリックさんたちの身体が揺れた。もしかして、地雷?
「……精霊たちですか?」
そう言ってヘンリックさんが苦笑いした後、大きくため息をついた。
うーむ、訳アリってヤツですかね?





