第276話 職人さんがやってきた
獣人の畑では、小さな芽が出始めた。
獣人の村の倉庫にあった物の他に、この前来た行商で種もいくつか買ったのだ。名前を聞いたことのない野菜ばかりだったけれど、収穫時期を楽しみにするしかない。一応、麦は麦だった。
といっても、そんなに量は多くはない。皆で掘り起こした土地の半分は、そのまま残っている。
「せっかくだかられんげ草でも植えてみる?」
「れんげそう、ですか?」
確か、肥料になると聞いたことがある。それに花の時期になれば、ハチたちの蜜を集めるのに使えそうだし。このまま放置して、また土が固くなるままにするのはもったいない。
隣に立っているネドリに聞いた感じでは、「れんげ草」というのは聞いたことはないらしい。これは、ホームセンターで買い出しだろうか。
「五月様!」
村の入口の方から、ドンドンが走ってきた。
ドンドンは村の守備隊の隊長さんだ。守備隊、なんて、こんな小さな村で大袈裟な気もするんだけれど、あの冒険者みたいな物騒なのが来ないとも限らない。獣人ってだけで、十分に強そうだけど。
「どうしました?」
「あの、お客様なんですが」
「え、私に?」
この世界で、私に来るお客さんなんて。
「あ、もしかして、行商の人かしら」
「いや、どうも、行商というよりは、ドワーフたちなんで、職人だと思うんですが」
「ドワーフ!」
獣人でも思ったけど、『ドワーフ』も、なんてファンタジーなパワーワード!
そうだ! きっと、ホワイトウルフたちの水浴び場作りに来てくれたに違いない!
穴を掘るだけだったら、私でも出来るけど、壁面の処理は無理。せっかく作るんだったら、ちゃんとしたモノにしたかった。
すっかり涼しくなったから、出来てもすぐには使えないけど、夏までに出来上がってれば御の字だ。
私は小走りになりながら、村の入口へと走った。お堀の橋は、特別な結界のようなモノはないはずなので、問題なく渡って中に入ることはできているはず。
案の定、石壁から先には入れなかったようで、立往生しているようだ。
「すみません、お待たせしました」
「……お、おお」
肩で息をしながら、大きな声を出したものだから、ドワーフさんに引かれてしまった。
うお~。本当にドワーフだ。髭もじゃで顔の半分は隠れてて、身長は私と大差ない。むしろ、若干小さいくらいな人々だ。樽みたいな身体に、古びたリュックを背負っている。皆、歩いてきたのか、埃塗れに見える。獣人ではないのに、こんな荒野を徒歩で? と思うと、感嘆してしまう。
ひー、ふー、みー……全員で8人か。
7人だったら白〇姫みたいなのに、と思ったのは内緒だ。
「お前さんが、五月様だろうか」
「はい、あの、エルフの行商人さんからお願いされたんでしょうか」
「そうだ。レディウムス殿からの依頼で参った。あと、レィティア様から渡すように言われているものがあるんだが、どこに置けばいいだろうか」
「あ、では、どうぞ中に」
「……入れるのか?」
オドオドしながら聞いてくる。どうも一度入ろうとして弾かれてしまったらしい。
「大丈夫ですよ」
私が入るのを認めたのだから入れます。
恐る恐る中に入ったドワーフたちは、中に入って驚いた。
「……こんな立派な家を作る職人がいるならぁ、俺たち、必要ないんじゃないか?」
呆然と口にするドワーフ。
いやいや、そうでもないんですって。
私は苦笑いを浮かべながら、彼らを村の中央の方へと案内するのであった。





