第262話 異世界の生活を垣間見る
エイデンのところから戻ってきた頃には、シチューの鍋は空っぽに。怪我人も老人も、意外にも食欲はありそうなのでよかった。
一応、食後のデザートにと持ってきた冷凍しておいたブルーベリー。生食した時みたいに、怪我とかに効いたらいいな、と思ったら、見事に治ったのには、ホッとした。
それ以上に驚いたのは老人たちだ。
どこか諦めたような、生きる気力もないように見えたのに、食べた途端にやる気に満ちるというか……食い意地に走るというか……おかげで、あるだけ持ってきていたブルーベリーはなくなってしまった。なんか変な成分でも入ってるんじゃ、と思わずにはいられない。
とにかく、パワフルな感じになったんで、それはそれでいいのか……な?
……うん、ブルーベリー、万歳。
しかし、そのせいで大騒ぎになって、ついにはお祭り状態になってしまったのは誤算だった。どこに隠してあったんだというくらいのお酒が出てきたのにはびっくりした。
こちらのお酒っていうか、みんなエールって言っていたけれど、正直、温くて美味しくは感じなかった。他にはワインっぽいものもあったけれど、どちらかというとぶどうジュースっぽい感じ。お酒に強くない私でも、そこそこ飲めそうな気になる危ないヤツだった。
私は最初だけ顔を出すだけで、すぐに客室に下がった。その部屋まで、エントランスでのどんちゃん騒ぎが聞こえてきた。元気になったのはいいことではあるけれど、ほどほどにして欲しい、と思った。
私にあてがわれた客室は、しばらく使われてなかったせいか、少し埃っぽい気がしたが、こぢんまりした感じの部屋に、ちょっとだけホッとした。
本当はお風呂かもしくはシャワーを浴びたかったけれど、そもそもこの屋敷にはシャワーはなく、お風呂はあっても、井戸から水を汲んで沸かさないといけないそうだ。遅い時間に、それも老人たち(元怪我人たちは、すでに酔っ払い)にお願いできるような図太い神経はないので、お風呂には入ることは諦めた。代わりに、サッと濡れたタオルで身体を拭くだけに留めた。
そもそも、家にお風呂があるのは、この屋敷だけだということで、普段は皆、週に1、2回、沐浴をするくらいなのだとか。この世界のお風呂事情の悪さに、ゾッとした。トイレに至っては、言わずもがな、である(遠い目)。
村長の家の客室とはいえ、あちらのベッドの感触に慣れてしまっているせいで、横たわった時の寝心地は微妙に悪かった。煎餅布団で寝るような感じといえばいいだろうか。
思っていたよりも疲れていたのか、あの少量のお酒だったにもかかわらず酔いが回ったせいなのか、ジャージに着替えてベッドに入った途端、一瞬で寝入ってしまった。
翌朝、身体の軋みを感じつつ、起き上がる。なんとなくお酒の臭いが部屋に漂っている気がしたので、窓を開けて換気をする。外は、うっすらと靄が出ている。
いつの間にか、サイドテーブルには陶器の洗面器みたいな物が置かれていた。寝てる間に、誰かが持ってきてくれたのだろうか。洗面器には水が張られていた。これで顔を洗えということだろう。
今更気が付いたのは、先ほど開けた窓ガラスの分厚さと歪みだ。あまり質のいいガラスではないのは一目瞭然。それでもあるだけマシか。そういえば街に行ったときも、小さいながらも窓のある家々があったのを思い出す。
今建てているログハウスには窓がない。これを手に入れれば、少しは違うんではないか、と思う。もし、こっちで買えるんだったら、あのエルフに頼めば手に入るのだろうか。
そんなことを考えていると、屋敷の中で人が動き出した気配を感じたので、私は身支度を始めた。





