第261話 結界とエイデン
外はすでに日が傾き始めている。どうもこの状況だとすぐには村から出られそうもない。ここは一泊して行くしかなさそうだ。ネドリはよければ客室を使ってくれと言ってくれたけれど、まずは、このまま外で待っているエイデンを放置しておくわけにもいかない。
私は『収納』に入れてきていたシチュー入りの寸胴(ドゴルたちのとは別のもの)とロールパンを取り出すと、ケニーに皆に分けるようにお願いをして屋敷を出た。
「エイデン!」
「もう帰るのか」
なぜか軽トラの上(荷台ではない。運転席の方)に座っていたエイデンが、嬉しそうな声で飛び降りて駆け寄ってきた。
エイデンと直に会って約3か月ほど経っただろうか。
当初、ストーカー気味だったのも今では落ち着いてるし、むしろ貢がれているというか。お世話になっていると言えるだろう。
そのエイデンだが、いまだに結界の中に入れることに躊躇している。
もしかして、ここだけ結界を緩めることとかできるのかな、と思って梅の木を『鑑定』してみると、結界に関しての詳しい記述はなかった。単純なイメージとして、ここの結界を緩めたら、ログハウス周辺の結界も同じように緩めてしまうことになるんじゃないか。そう思うと、ちょっとね、となるのだ。
エイデンとは、普段の会話はできる。ただ、なんというか、自分のテリトリー? プライベートな空間? の中には入れたくない、と思ってしまう。
その最たるものが『結界の中』。随分と大きなくくりだと自分でも思う。
緊急事態だったとはいえ、無邪気な子供たちには慣れたけれど、エイデンとか、他の大人たちに対しては、やっぱりダメらしい。
その原因となると、なんとなく、母親たちのことが頭に浮かぶ。ズカズカと入ってきて、相手の都合を考えない強引さ。それから自分の身を守っている、そんな感じ。
もう1年以上経つというのに、自分でも意外なほど、未だにダメなようだ。
「ううん、まだ、怪我人の様子を見ていないのと……その老人がね」
「なんだ。その様子では問題は老人の方か? そんなのは放っておけばいいではないか」
「いやいやいや、そうもいかないでしょ」
「わざわざ五月が迎えに来たのに……燃やすか?」
「何言ってるのよ」
極端なことを言いだすエイデンにギョッとする。本当にやりかねないから余計にだ。
「とにかく、ここで一泊していくよ。それに、馬車が後から来るかもしれないし」
「むぅ」
「もし、戻るときは、またエイデンに運んでもらうのをお願いしてもいい?」
チラッと見上げるようにお願いする。いつも、都合のいいように使っているようで申し訳ないんだけど。
「……仕方ない。五月のお願いだったら聞くしかないからな」
鼻をふくらませながら、ニヨニヨしているエイデン。
なんというか……残念系って、こういうのを言うんだろうな、とちょっと思った。
「ありがと。そうだ、一応、少しだけど、おにぎり食べる?」
自分用にと非常食として用意していたおにぎりを取り出す。中身は鮭と梅カツオ、ツナマヨだ。賄賂というには、随分と安上りで申し訳ないくらいなんだけど。
「おお、五月のオニギリ!」
ラップに包んであったのを嬉しそうに受け取る。彼の手の大きさではかなり小さく見える。エイデンは1つだけ残して、残りをどこかにしまった。一瞬で消えるから、ドキッとしたけど、私の『収納』と同じことなんだろう。
ラップから取り出したおにぎりを一口でぺろりと食べてしまうエイデン。
「ん、旨かった」
「そんなんで味わえてるの? 中身なんだったかわかった?」
「うーん、魚だな」
飲み込むように食べたくせに、中身がわかるのかい。
そもそも、全部、魚が入ってるから。酸っぱくなかった、と言うので梅カツオでもツナマヨでもないだろうから、鮭だったのだろう。たぶん。





