第260話 怪我人と老人
梅の木の結界のせいで、ここでもエイデンは中に入れなかった。そのせいで村の入口で、軽トラに乗って拗ねながら待っている。
私はケニーと一緒に、ネドリの後をついていく。初めて見る獣人の村は、どこか懐かしい感じのする村だった。全体が木造で建っている家が多いからかもしれない。
しかし、村の中を歩いていても人の姿を見かけない。鳥の鳴き声すら聞こえない。しばらく歩くと、一際大きな石造りの屋敷が、目に入った。それがネドリさんの家だった。
ドアを開けた瞬間、何とも言えない臭い……薬草っぽい臭いといえばいいのだろうか、それが鼻についた。中に入ると、エントランスのところに横たわる人が数人。それとは別に、壁に寄りかかりながらこちらを訝し気に見ている老人たちがいた。ケニーは知り合いがいたようで、怪我人の方へと走っていく。
「皆、怪我人なんですか?」
「横になっているのがそうです。奥の老人たちは、彼らの世話をしてくれてはいるんですが、このまま村に残りたいと言ってる連中でして」
もう身寄りのない一人暮らしの老人たちだそうで、このまま、長年暮らしたこの村で死にたい、と言う。そう思う気持ちも、わからなくはないけれど。
「どうも『ウメの木』があれば安全だと思っているらしくて」
「ああ……まぁ、確かに今は結界が効いてますからね」
でも、これもいつまで持つのかわからないよね?
それとも、ずっとこのまま結界を張り続けてくれるのだろうか。後で確認をしなくては。
「そもそも、外の状況、ご存知なんですか?」
どう考えたって、ここで生活し続けることができるとは思えない。
「だからこそ、ここなら安全だと思っているようなんです」
ネドリが苦々しく言う。
「安全って……食事とかどうしてるんですか」
「今は、貯蔵していた食料でなんとか凌いできたんですが……もっても1週間くらいでしょう」
ダメダメじゃん。
ネドリもさすがに、このまま残るつもりはなかったらしく、怪我人が歩けるようになるか、迎えがくればこの村から出るつもりだったらしい。迎えの方が早く来そうではあるね。
「一応、途中まで馬車は来てたんで、近いうちに迎えは来ると思うんですが」
「そうですか! できれば、先に行かせた村の連中たちと遭遇してくれているといいんですが」
「なるほど。もしかして、うちのビャクヤたちは」
「はい。彼らと共に戻られました」
うーん、行き違いになってしまったか。それでも、獣人たちと一緒ならよかった。その集団には、この前ガズゥたちを迎えに来たコントルさんや、なんとガズゥのお母さんも一緒なのだという。また変なのに襲われても、ビャクヤたちだったら大丈夫だろう。
ここに残っている人ですぐに動けるのは、老人たちを除くと、ネドリと私たちのちょっと前に戻ってきたドンドンだそうだ。ドンドン、足、早っ。その彼は今、周囲を見回りに行っているらしい。
「怪我人の方たちって、まだ動かせない感じですか」
「屋敷の中を動き回る分には大丈夫なんですが、長い距離だと無理でしょうね」
「なるほど」
でも、軽トラの荷台に乗ってもらって、エイデンで運んで貰えば、なんとかなるんじゃないか、とも思う。そこはエイデンに要相談だな。





