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趣味の悪い指輪をはめた、イモムシのように太い指が、苛立たしそうにコツコツコツとテーブルを叩く。
「どうなってるんだっ」
甲高い男の声が、薄暗い執務室の中に響く。
五十代くらいの頭髪は見るからに鬘だろ、という頭に、青白くむくんだ顔の男が、不機嫌そうな顔をしている。
男はドグマニス帝国ヘデン領を、代々預かるオデブノ伯爵。
その男の目の前で膝をついている男が2人。オデブノ伯爵の私兵団の団長と副団長が、冷や汗をダラダラと垂らしながら、どう説明すべきか考えている。
「私が求めた白狼族の子供はどうなってるんだ、と聞いているんだっ!」
ドンッと大きな音をたてて立派な執務デスクを叩く。
「はっ、じ、実は引き取りにいかせた奴隷商人が、まだ戻ってきておりませんでして」
「村を襲撃したのは、もう2か月以上前であったよな」
「は、はいっ」
「あの村からここまで移動するにしても1か月もかからんだろうがっ! 皇帝陛下がお待ちになってるんだぞっ! さっさと連れてこんかっ!」
伯爵の耳障りな高音の怒鳴り声に、男たちの顔も歪む。
「まったく。なんだって獣人の子供程度を攫うのに、我が私兵団を使わねばならんのだ。皇帝陛下も、末の王女に甘すぎるっ。……獣王国の者も余計なことを教えてくれたものだっ」
伯爵が忌々し気に言いながら立ち上がり、窓際に向かう。
外はどんよりと曇り、今にも雨が降りそうである。
重苦しい執務室の空気の中、部屋のドアが遠慮気味に叩かれる。
「なんだっ!」
伯爵の怒鳴り声に、小さくドアが開き、年老いた執事がぼそぼそと話し出す。
「伯爵様、土木ギルドの者が」
「なんだ、忙しいんだ」
「なんでも至急、ご報告をとのことで」
「……チッ、さっさと呼んで来い」
伯爵の言葉に恭しく下がった執事。その後、すぐに現れたのは土木ギルドのギルドマスターだった。
「さっさと用件をいえ」
「も、申し訳ございません。実は、あの、伯爵様のご依頼のありました、お屋敷の件なんですが」
伯爵は土木ギルドに頼んでいたことを思い出す。
「ああ、イレーネのための屋敷であったな。そういえば、そろそろ完成してもいい時期であったな」
イレーネとは、伯爵の愛人の一人。表向き、その愛人のための屋敷という話ではあったが、実際には、奴隷売買のために新たに用意したオークション会場となる屋敷だった。
「は、はい、それが……申し訳ございませんっ、完成間際だったのですがっ」
「……なんだ」
「え、あ、そ、そのっ」
「間際だったのがどうしたというのだ?」
強張った笑みを浮かべつつ、伯爵がギルマスの元へとゆっくりと歩いていく。
「と、突然、家が崩壊いたしましてっ!」
ギルマスの悲鳴のような声に、伯爵は一瞬固まる。
「……なんだと。あれだけの大金をつぎ込んで建てさせたあの家がかっ!?」
「も、申し訳もっ……」
「なぜだっ!」
「レ、レンガ部分全てが、いきなり無くなったのでございますっ!」
「……は?」
伯爵はポカンとした顔になる。
屋敷の壁は、上を白い石に、下の部分をレンガで作られていた。そのレンガの部分がなくなれば、家が崩壊するのは当然のこと。
「……ギルマス。言い訳なら、もうちょっとマシなモノを考えろ?」
「じょ、冗談などではございませんっ!」
必死に否定するギルマスの顔色は、血の気がひいて真っ白だ。
「そ、その上、土木ギルドの資材置き場に保管してあったレンガも、倉庫の壁もでございますっ! 最悪なのはレンガ工房の石窯まで」
「は?」
「工房の石窯が無くなってしまったのでございますっ!」
ギルマスの悲鳴のような声に、伯爵も彼の言葉が冗談などではないことがわかる。
「どういうことだ……急ぎ、工房に行くぞっ」
ドタドタと足音をたてながら、伯爵は慌てて執務室を出て行くのであった。





