第243話 レンガと石窯
「なんだ、レンガが欲しかったのか? だったら、少し待ってろ」
結界の外、長屋の前に立ちながらレンガの話をしたら、結論(石窯が欲しい)を言う前に、エイデンがいきなり目の前で消えた。
あっけにとられて、固まっているうちに、再びエイデンが現れた。
と同時に。
「え」
目の前にレンガの山が現れた。高さは私の背丈くらいだろうか。ゴロゴロと崩れた状態で山積みになっている。
「うん? これじゃ、足りないか? だったら」
また消えたかと思ったら。
ドンッ
「この壁のレンガなんかどうだ? ほれ」
エイデンの言葉と同時に、見上げるような高さだったレンガの壁が、見事に崩れ落ちた。あんな崩れ方じゃ、レンガがボロボロになってしまうんじゃ、と思いきや、角も崩れず、綺麗な状態。
どうなってんのっ!?
「え? え? 待って、ちょっと待って」
目の前の展開が理解できない私。
確かにレンガは欲しかった。欲しかったけどさぁ。
「これ、どこから持ってきたの!?」
「……」
なんで悪そうな笑顔なのかなぁ?
というか、頑張って作ったあのレンガの元の意味が。つい、遠い目で空を見上げて、深いため息をつく。
「……何だ、気に入らないのか?」
エイデンが困った顔になっている。
困った顔も、やっぱりイケメンだ。残念イケメンだけど。
「違う、違う。あの、レンガを用意してくれたのは嬉しい。本当に。でもね、せっかくなら、自分で作りたいなぁ、と思って。ほら、あそこで乾燥させてるのが見える? ガズゥたちと一緒に途中まで作ったの。それを焼くための石窯が欲しいなって。エイデンだったら、もしかして作れるのかなぁ、と」
「なんだ、だったらそう言ってくれればいいのに」
いやいやいや、私の話、最後まで聞かないでいなくなったのは、あなたですからっ!
「よし、じゃあ、ちょっと待ってろ」
再び消えたかと思ったら。
ドシンッ
「え、あ、熱いっ」
目の前に、すんごい熱い大きな石窯が現れた。もしかして、今、まさに中で何か焼いてるの!?
「おっと、ここじゃ、場所が悪いな。よし、ちょっと山の際の方へ移動させるか」
大きな石窯が浮かんだかと思ったら、エイデンのお城のある方の山の近くへと運んでいく。
「……あれ、どっから持ってきたのかな」
呆然としながら、エイデンの背中を見送る私なのであった。
* * * * *
石窯が五月の目の前に現れてから、ほんの少し後。
場所は、ドグマニス帝国ヘデン領。ビヨルンテ獣王国との国境近くにある街。
この街の裏側では、多くの獣人の奴隷が働かされていた。しかし、獣王国からの抗議などはない。それは公にはなっていないものの、互いに了承されているのも同義であった。
そんな街で、突然、土木ギルドの資材置き場から、レンガが盗まれる事件が起きた。
「どうなってるんだっ!」
土木ギルドの執務室でギルドマスターが叫んだと同時に、ドアがいきなり開いたと同時に、職員が叫んだ。
「ギルマスッ、裏手の倉庫の壁が、なくなりましたっ!」
「は?」
慌てて執務室から飛び出し、倉庫まで駆けつけると、レンガ造りの壁が1面だけすっぽりとなくなっていたのだった。
* * * * *
「なっ!?」
同じくドグマニス帝国ヘデン領。レンガを作る工房の石窯がいきなりなくなった。
火の状態を見続けていた男の目の前で、いきなり消えたのだ。
男は、しばらく、驚きのために、動けなかった。
「どうしたぁ?」
のんきな声で、男はようやく正気に戻る。
「い、石窯が消えたぁぁぁぁぁっ!」
男の叫び声が、工房中に響いた。





