<エイデンとネドリ>
そろそろ日が傾きかけてきた頃。
東屋に座りながら、ユグドラシルの周りに集まっている五月たちを見つめるのは、エイデンとネドリ。
五月とガズゥがユグドラシルに如雨露で池の水をやっている様子を、2人は穏やかな表情で眺めている。ちなみ若者2人は、相変わらずユグドラシルの前で呆然と立ちすくんでいて、まだ復活はしていない。
「ネドリと言ったか」
「……はっ」
エイデンの冷ややかな声に、一瞬でその場の気温が一気に下がる。
「五月への感謝をしに来たと言っていたが……本心はそれだけではあるまい」
ギロリと睨むエイデンの瞳は、爬虫類のそれと同じものへと変わった。
昔はSランク冒険者として名をはせていたネドリではあったが、さすがに古龍相手は厳しい。圧迫されるような威圧感とともに、冷や汗が背中を伝っていく。
「申し訳ございません……」
「正直に話せ」
「はっ」
ネドリは空になったコップに目を落としながら話し始める。
ここ数年、子供の獣人の誘拐がビヨルンテ獣王国で頻発しているのだという。そんな中、ネドリの村での誘拐。実は、すでに3回も誘拐事件が起きており、2回は事なきを得たが、残りの1回がガズゥたちであった。
誘拐の大本がドグマニス帝国なのはわかっている。
彼らは愛玩用にと、子供らを攫っているのだ。
「特に、私のようなフェンリルの血筋の狼獣人は、今は数は多くありません」
フェンリルの血筋の獣人は毛色は白銀となるのは周知の事実(白い毛並みの狼獣人もいるにはいるが、どちらかというとオフホワイトで色合いがまったく違う)。
ネドリの親族は、今住んでいる村よりももっと北にあるのだという。そこは険しい山の中にあり、人族の冒険者程度では辿り着けないらしい。
「すでに、一度、ガズゥが攫われたことで、帝国には情報がいっているはず」
「……ガズゥを匿えと」
「……こちらにお世話になっている間、エイデン様に鍛えていただいたとか。見違えるように強くなった息子に、私も胸が震えました」
ネドリの視線は再び、ガズゥへと向く。
「我が一族で、フェンリルの血筋を色濃く残っているのが、もう、あの子だけなのです」
北の村の子供たちは、一般的な狼獣人たちと変わらないが、ガズゥだけが、魔力を持ち、魔法を使うことができるのだという。しかし、ガズゥはまだ知らない。
「……それは、ボスワノ王家の末裔だからか」
「!」
「ふん、俺が知らないとでも思ったか」
ボスワノ王家。
ビヨルンテ獣王国に併呑されるまで、北の地にあった小さな王国の一族。
「……はは。古龍様は、なんでもお見通しですね」
力なく笑うネドリ。
「ふん、なんでも見通せていたら、こんな状況になどなっておらぬわ」
「こんな?」
「……とりあえず、ガズゥは五月の元におれば安心だ。俺もいる」
「ありがとうございますっ」
「残りのチビどもはいいのか」
「……連れてこようかと思ったのですが、里心がついてしまって」
母親から離れなくなってしまったのだという。両親たちも、無事に戻ってきた子供だけに、手放したくはなかったようだ。
「できますならばっ」
「……全員で移住か」
「はいっ」
今いるこの土地は、周囲を荒地で囲まれており、元々聖域と言われてきたせいもあり、世界的にも空白地帯。今、この山周辺に住んでいる人間は五月だけだ。
「五月がいいなら、構わない」
「わかりました。後ほど、五月様にご相談させていただきます」
ネドリの瞳に、力がこもる。
その様子に、エイデンはフッと小さく笑う。
「……でも、急いだほうがいいぞ」
「は?」
「帝国と獣王国の王族が繋がっているようだ」
「なんですって」
「奴らの狙いが同じかどうかはわからんがな」
エイデンはそれだけ言うと立ち上がり、東屋から出ていった。
ネドリの目には見えていないが、エイデンの周りを飛んでいる風の精霊たちが、ぶつぶつ文句を言っている。
『もう、もっとおしえてやればいいのに』
『そうだよ、そうだよ』
『ておとまるに、あいたいわ』
「確かに、チビどものことは気になるがな。しかし、それは、あれらが考えることだ」
――最悪、チビどもだけでも助けにいってやるか。
そんなことを思いながら、エイデンは五月たちの方へと歩いていった。





