第183話 古龍、五月に否定される
さすがに涙は止まった模様。
「あのさぁ、古龍」
「……俺の名前は、エイデンだ」
初めて古龍の名前を聞いた。
「エイデン、その、聖女のことは残念だったと思うよ」
ピクリと肩を震わすエイデン。
「でもさ、悪いけど、私はその聖女ではないよ」
「……」
「例え、私がその転生した聖女だとしたって、今の私に、その当時の記憶はないし、そもそも、その転生っていうのも、稲荷さんから聞いた話で、自分でもそうなの? っていうくらいだし」
「……五月が転生した聖女なのは、俺にもわかる」
「あー、そうなの。でも、悪いけど、私にその記憶はないからさ」
何度言われようとも、私は、日本人の望月五月という一人の女でしかない。
使えるのはタブレットだけで、魔法みたいなのが使えるわけじゃない。若干、変な力っぽいのはあるようだけれど、そんな大層なものじゃない……はずだ。
「そもそも、その聖女って、どんな姿の人だったの?」
「……腰まである長い金髪に、大きな赤い目がとても美しかった」
赤い目、と聞くとアルビノを連想したけれど、金髪というからには、もしかしたら、そういう人種もいるということか。さすが異世界。
「よーく見て。私は、黒目で黒髪。全然、別人でしょ?」
「……」
「顔立ちは? 同じ顔してるの? キャサリンたちを見ると、私みたいな平坦な顔しているようには見えないけど。こっちの人種って、ああいうクッキリハッキリが多いんじゃないの?」
「……確かに、見た目は違うけれど……」
「それに、聖女が亡くなったのって17歳だっけ? 仕事に一生懸命で浮気されても一途に王子様を信じてたっていう純粋なお嬢さんだったのかもしれないけどさ、私はもう27歳、あ、28になってたか。まぁ、それなりに大人な年齢にもなっているわけで、そんなに純粋でもないの。私とその聖女は、違うのよ」
……浮気されるところまでは一緒かもしれないけどさ。
でも、私はちゃんと吹っ切れてるし。
もし、同じような年齢という条件下だったとしても、そこまで一途になれたかとは思えない気がする。
「とにかく、何度もいうけど、私と聖女は別人なの。それに、そもそも、もういない聖女の姿を私に見て、それを追いかけるとかって、私に失礼じゃない?」
「え、あ……そうなのか?」
「失礼でしょ。だって、私じゃなくて、もういない聖女を求めてるってことよね。そのうち、思ってたのと違う、とか言って、文句言いそうじゃない」
「そんなことはしない」
「そんなのわからないじゃない。それこそ、私はエイデンのことを知らないもの」
「……」
顔色が悪くなっているエイデンをよそに、私は言葉を続ける。
「とにかく、エイデンの求めている聖女は、私じゃない。だから、もうつきまとうのは止めてください。よろしく」
私は立ち枯れの拠点へと戻るために、東屋から出る。チラリと後ろに目を向けると、エイデンの大きな背中が、縮こまって見える。
言い過ぎたか、と一瞬だけ思ったけれど、頭を振って、その思いを振り払う。
ドラゴンだろうが人であろうが、男は当分いらないわ。
「……でも、五月の中に、聖女と同じ魂の光が見えるんだよ」
エイデンが何か呟いていたようだが、私にはよく聞こえなかった。





