第175話 古龍、正座させられる
私の目の前に、正座させられている男がいる。
黒くて長いストレートの髪を後ろに一つにまとめていて、どこぞのシャンプーのCMにでも出てるモデルか? というくらい艶やか。顔立ちは、肌が浅黒い感じのせいか、ネイティブアメリカン系の美男子に見える。見た目の年齢は、20代後半から30代、といったところだろうか。黒で統一された鎧のような服装は、コスプレイヤーなんかが好きそうな格好かもしれない。
きっと、シュッとした立ち姿であれば、私もほけーっと見惚れてしまったことだろう。
しかし、今のコレは。
「すまんっ! けして、けっして、恐がらせるつもりはなかったんだっ!」
五体投地の体で、謝り倒している彼こそが、あの、古龍の成れの果て(?)なのだ。
なんと、あのでっかいドラゴン、人に化けられるのだ。凄くない? そういえば聖獣フェンリルも人化したとか言ってたから、古龍でもできてもおかしくはないのか?
だったら最初から人の姿で来いよ、とツッコみたいところだけれど、急いで飛んできて、私の姿を見たら、すっかりぶっとんでしまったらしい。
いや、結界あってよかったよ。あのデカいまま落ちてきたら、確実に死んでるわ。
ちなみに、今いるのは結界の外の、荒地の方である。
「古龍様、何やってるんですか」
冷ややかな声は、稲荷さん。
あのでっかいサイズの古龍が結界にへばりついて、中に入れないことに気付いて、泣き叫びはじめた時、タイミングよく、子供たち用の服を奥様から預かったので、と持ってきてくれたのだ。
自分たちの視野全部に、でっかい怪獣の身体が真上にいたら、誰だって腰を抜かすか、泣き叫ぶだろう。実際子供たちは皆、叫び声をあげて長屋に逃げ込んだくらいだ。
私? 私は腰が抜けて、逃げることも出来なかったよ。
その代わりに、ノワールが古龍と会話をしようとしてたんだけど、ノワールの声が届かないくらい興奮してたみたいで……ついには、稲荷さんに殴り飛ばされてた。
キャンプ場から来たのか、いつものカジュアルな格好の稲荷さん。ビュンっととんでもない高さに飛びあがったかと思ったら、パンチ一つで古龍をぶっ飛ばしたのを見て、久々に、稲荷さん神説を思い出したよ(説じゃないか、本物か)。
「だ、だって」
「だって、じゃないでしょうが」
稲荷さんが呆れてる。私もだ。この人、見た目アラサーだよ?
「だってじゃないです! ここには小さな子供がいるんですよっ」
「だって!」
まるで、この人の方が子供みたいだ。
「五月のそばにオスがいるなんて、許せるわけないだろうっ!」
……は?
「それも、あんなに楽しそうにしてるのを見せられたら」
「……いやいやいや」
「我慢なんかできるかぁっ!」
「ノワールッ!」
『僕のせいじゃないよぉ~』
逃げるなっ!





