<ビャクヤ>(1)
ビャクヤは少し離れた山の斜面から、五月の様子を見ていた。
彼女の脇をドラゴンのノワールが飛んでいる。その小さな身体からは、濃い紫色をした魔力がとめどなく溢れ出ていた。あれのそばに平然と立って草刈りや柵を作っていく五月の姿は、いつものことではあるが、ビャクヤは不思議でならない。ビャクヤであったら、数分ももたずに、へばっていることだろう。
『とうさん』
『ハクか』
カサカサと音をたてながら、ビャクヤの元にハクがやってきた。すっかり身体も大きくなり、ビャクヤと並んでも遜色なくなっている。
『あっちの山に動きがあった』
『そうか……他のホワイトウルフたちは』
『ユキといっしょに様子を見てる』
五月の山はビャクヤたちの縄張りだったので、他のホワイトウルフたちは、近隣の別の山に散在していた。彼らはビャクヤの眷属でもあった。
『あのまま、こちらに関心を向けなければ放っておいたのにな』
『うん、けっこうな数がこっちに向かってるっぽいね』
空を見上げ、耳をピクピクとさせるビャクヤとハク。
『……気になることがあるのでちょっと行ってくる。お前はこのまま五月様についていろ』
『うへぇ……ノワールの魔力、キツイんだけど』
『少しは慣れろ。でないと、お前に五月様を任せられん』
『……わかった』
かなり不本意そうなハクを残し、ビャクヤはユキたちの元へと走る。
『とうさん、こっち!』
山を一つ越えたところに、多くのホワイトウルフたちとともに一際身体の大きいユキの姿があった。
『やつら、五月様の山の方に向かってる』
『ああ……やつらの巣の方はどうだ』
『ナンビキカ、ノコッテイマスガ、モンダイナイデス』
ユキの隣に座る、若いホワイトウルフのオスの言葉に、おやっ、と思うビャクヤ。
身体のサイズはビャクヤたちフェンリルの血筋のものよりも、二回り小さいが、他のホワイトウルフたちよりは大柄だ。若いがこの群れのリーダーなのだろう。そのオスはビャクヤを恐れることなく胸を張りながら、ユキの隣にいる。ユキも嫌がっていないところを見ると、そういう仲なのかもしれない。
ビャクヤは、内心複雑な思いをしながらも、今は目の前の人間のことへと目を向ける。
『あの程度なら、私だけでも十分よ』
『わかった。まずは、向かっている奴らが先だ。奴らが五月様の山の手前まで行ったら……狩りの時間だ』
そう言ってビャクヤが牙を剥くと、周囲のホワイトウルフたちも、やる気が満ちてくるのを感じとる。
ビャクヤがゆっくりと歩き出すと、ユキを始め、ホワイトウルフたちもその後をついていく。





