第143話 空飛ぶノワール
キャンプ場の管理小屋に寄って、イヤーカフを受け取り、翻訳アプリなるものの存在を知る。
――いつまで経ってもKP貯まらないじゃないかぁっ!
という私の心の叫びは置いといて。
トンネルを抜けると、天気も回復しているようで、雨はすっかり止んでいた。
「……やだ。もしかして、あの男の人が戻ってきてたらヤバいじゃない」
日本人の女性の平均身長な私ですら、半日もあれば山の半周くらいをまわれるのだ。あんな大柄な人だったら、すぐにでもログハウスの敷地の下あたりまでやってきそう。
急いで敷地まで戻ると、軽トラをログハウスの前に駐車する。軽自動車の入ってる小屋は、2台目を入れる大きさではないので、そのまま置くしかない。
私は荷物をログハウスの中にしまうために、玄関ドアを開けた。
『おかえり! さつき!』
部屋の奥からとてとてと歩いてきたノワール。大きさはすでに3、4才児くらいあって、抱っこするのも厳しい。
「うん、ただいま! ちょっと急いで、柵作りに行ってくるわ」
『だったら、ぼくもいくっ!』
「え、いや、でも」
ちょっとノワールを抱えては無理なんだけど。
『だいじょうぶ! ぼく、とべるようになった!』
「えっ」
なんと、ノワールが、ふよふよと浮かんでいるっ!
あの小さい羽で、どうして飛べるのか不思議。ちゃんと、パタパタ動いているから、羽を使っているのはわかるんだけど、どう見ても不安定。見ているこっちがひやひやする。
『さつき、ぼくがまもる!』
「う、うん、でもさ」
『いーくーのーっ!』
正直、ノワールの魔力が、どれだけ抑え込めているのか、すごく不安。ビャクヤたちに近くで守ってもらえるのだろうか。魔力っていうものが目に見えないから、困る。
……仕方がない。もしもの時は抱えて走るか。
『さつきー』
「わかった、わかったって」
私は軽トラの荷物を運び終えると、タブレット入りのバッグを肩にかけると、カウベルを手にする。ガランガランと大きな音をたてながら、ログハウスから出る。
排水口のそばの道は、少しだけぬかるんでいるので、転ばないように足元に注意しながら歩いていく。ノワールはそんな私のそばをふわふわと飛んでいる。ちょっと羨ましい。
『五月様、お戻りになられましたか』
ビャクヤからの声が頭の中に響く。思わず、周囲を見回すけれど、彼の姿は見えない。
「ビャクヤ?」
『はい。少し離れたところにおりますが、見守らせていただいておりますので』
「あ、やっぱり、ノワールの魔力、キツイのかな」
『……残念ながら、私でもおそばには……』
「そっか。わかった。何かあったら、声をかけてね」
『かしこまりました』
うん、やっぱり、ノワールはまだ難しいのか。
「急がなくちゃね」
ぼそっと呟いた私は、足元を気を付けながら、山道を下りていくのであった。





