<管理人 稲荷>
稲荷はキャンプ場に戻らずに、そのままあちらの世界へと軽トラを進める。
トンネルを抜けると、雨はこぶりになってきていた。五月が戻るころには止んでいるだろう。
「あー、もしもし? イグノス様?」
稲荷は途中で車を止めて、宙に語りかける。通信道具らしきものは、どこにも見当たらない。一応、神であるので、道具に頼らずに、イグノスに連絡がとれるのだ。
『はいはーい。どうしたー?』
「どうしたー? じゃないですよー。望月様に、翻訳のアプリとか、そういった類の物、付けなかったでしょー!」
『……あれ?』
「あれ? じゃないですー。私が怒られそうになっちゃったじゃないですかー」
『あれー? 転生しちゃったから、忘れちゃってるのかなぁ。普通にできると思って、何も用意してなかったよー。ありゃりゃ、参った』
「もう! 参った、じゃないです! 望月様、町を探しに旅に出る気でしたし、その上、すでに現地人と遭遇してしまって、言葉がわかんなくて困ったらしいですよ?」
『え、もう、遭遇しちゃってるの?』
「そうです。まぁ、様子からして、盗賊のたぐいじゃないかと思うんですけど。一応、結界を張るように促してはいますが……ちょっと、気を付けて見て頂ければと」
『わかったー。あ、それと、翻訳に関しては、これを渡してあげて』
キラキラと何もない空間から光が落ちてきて、稲荷の掌に銀色に輝くイヤーカフが1つだけ現れた。それには小さくて透明な魔石が嵌め込まれている。見る人が見れば、魔力が満杯になっているのがわかる。
「これは」
『うん、翻訳機能のついたイヤーカフ。これ付けてれば、ちゃんと会話できると思うー』
これは、相手の会話もわかり、自分の言葉も相手に翻訳された状態で通じるというもの。残念ながら、書面に書かれたモノは翻訳は出来ない。
「わかりました。後でお渡ししておきます」
『うん。一応、タブレット用に翻訳アプリも用意しとくけど、これはダウンロードしないと駄目なやつだから、それは言っといて』
「ああ、はい(どうせなら、翻訳できる眼鏡、みたいなのも作って下さればいいのに)」
『何?』
「いえいえ、なんでも」
稲荷は掌に載ったイヤーカフを見ながら、五月にまた文句を言われそうだなぁ、と、ちょっとだけ思う。
『そういえば、古龍、そろそろ出てきそうだね』
イグノスが、思い出したかのように話し出す。
「はぁ……余計な争いごとが起きなければいいんですが」
『……じゃ、よろしくぅ』
「はぁ……」
古龍が北の山から出てきたら、周辺の国々がどう動くか。できれば、見た者全てが恐れるような、あの大きな身体ではない状態でお願いしたいところだ。
自分の世界のことなのにイグノスのあまりにも軽い様に、肩を落とす稲荷なのであった。





