第924話 ブラック稲荷さん降臨
荷物の整理を終えて、夕飯の準備を始めようとした時、外から車が入ってくる音が聞こえた。
「お、稲荷さんが来たかな」
「いなりー?」
座っているセバスに抱きついていたマリンが、ひょこりと立ち上がる。
「そ。ちょっとお願い事があってね」
私はすぐに玄関のドアを開けると、稲荷さんはちょうど車から降りたところだった。
「お疲れ様です~」
「ああ、望月様」
「……なんか、本当にお疲れのようですね」
「アハ、アハハハハ……」
力なく笑う稲荷さん。
家の中に入ってもらった私は、今日買ってきた緑茶を淹れる。一応、お客様用にと、ちょっとお高いお茶だ。
「ああ、ありがとうございます」
椅子に座っていた稲荷さんが、ありがたそうに湯呑を受け取る。
淹れたてなので熱いはずなのに、こくり、こくりと飲む。古龍のエイデン同様、神の稲荷さんも熱さは関係ないのだろうか。
「はぁ……いやぁ、美味いですな、このお茶(さすが聖女というところでしょうかね)」
稲荷さんが驚いたように言う。
「そうですか? よかった」
お客様用のお茶を出して正解だったようだ。ついでに今日買ったかりんとうを木の器に入れて出す。業務用なのか、四角い缶に入っている物なので、量を気にせず出してしまう。
これはこちらでは買えないし、自分でも作らないので、私もついつい手を伸ばす。
――ん~、んまいっ!
そこにマリンも参加してきていたようだけれど、私の意識はかりんとうに奪われてしまっていた。
しばらく無言で、皆でボリボリ食べてしまい、気が付けば空っぽ。
「あっ」
「つい、つい、止まらなくなりますねぇ」
稲荷さんも苦笑いだ。
「で、お話というのは?」
ようやく一息つけた感じだったので、稲荷さんが問いかけてきた。
「ああ、そうだ。実は稲荷さんにお願いしたいことがあって」
私は空になった稲荷さんの湯呑にお茶を注ぎながら、ここ最近の一連の出来事について話す。
――あ、あれ?
話をしていくうちに、どんどん稲荷さんの顔が邪悪な感じに変わっていく。神様のはずなのにっ。
「……なるほどねぇ。そういうことですかぁ」
「え、えーと?」
私がおずおずと問いかけると、稲荷さんは残っていたお茶をずずずーっと飲み干して、ニターッと笑う。いや、嗤う、だな、この顔は。
「い、稲荷さん?」
「フフフ、私がこんなに疲れている理由ですがねぇ。おそらく、その糞エルフが絡んでいそうですよ」
「く、糞エルフ……」
「ああ、失礼。失礼。実はですねぇ、最近、行方不明者のニュースが多いんですよね」
「は、はぁ」
ブラック稲荷さんが言うには、全てではないにしても、行方不明者の最後にいた場所には、妙な空間の歪みが残っていることがあるらしい。
「昔、うちの奥さんと出会った時も、変な歪みではありましたけれど、私がすぐに気付いたので、直すのに時間はかかりませんでしたが。そうですか、あちこちでやらかしていると」
「でも、なんで日本? 他の国とかは?」
「どうでしょうねぇ。日本は八百万の神のいる国なので、気が付きやすい環境なのかもしれませんねぇ」
「……そういう問題? あ、でも、あっちで現れているのは、別の世界の強い魔物でしたよ?」
「それは、あちらと接している面が、日本に近いのもあるかもしれません。別の世界と繋げた時に、一緒に日本側でも穴が開いてる可能性が」
「じゃ、じゃあ、行方不明になった人って」
「……」
私は一気に血の気が引き、ブラック稲荷さんは厳しい顔になっていた。





