第906話 エイデンの負の感情
エイデンが眠っていたという山の、山裾近くまでやってきた。
ここまで来るのに三日かかった。ユグドラシルは、まだこの先だ。
「ちょっと飽きてきたかもー」
思わず声に出してしまう。
そろそろお昼という時間帯。お腹が空いてきたせいもあるかもしれない。
風の精霊王様や、ビャクヤたちホワイトウルフたちの護衛のおかげで、トラブルもなく進めている。
ただ同じことの繰り返しだけに、飽きてしまうのは仕方がないと思う。むしろ、ここまで、よく頑張ったと思うんだけど。
『あはは。じゃあ、ここで一休みするかい? ……ちょっと瘴気が気にはなるが』
風の精霊王様の言葉にギョッとする。
「え、瘴気ですって?」
『ああ。ここは強い魔物たちが多いからね。彼らの身体からにじみ出る瘴気が漂ってるのさ』
そう言われて、改めて周囲を見回す。
エイデンが寝ていた山側の森はやけに黒ずんで見える。その反対側も黒ずんではいるが、まだ明るい感じだ。
魔物は強い魔素に影響を受けて生まれたり、育ったり、強くもなるそうだ。
「エイデンが離れて三年近く経つはずだけど……なかなか魔力は消えないのね」
『そうだな。イグノス様いわく、ヤツが寝ている間に溢れた魔素は、特に負の感情がのっているから質が悪いんだそうだ』
「えぇぇぇ」
『それもかなりの年数だろ? まぁ、数年単位じゃ、どうにもなるまい』
「いいんですか、それで」
『仕方あるまい。エイデンをそこまで追いつめたのは、人族なのだ』
「……精霊たちは?」
『存在するために必要な植物や、土、獣や人が減っていけば、その範囲は狭まり、弱っていくな』
「だったら、早く、なんとかしないと」
『我ら精霊にその力はない……なんとかできたのが、かつての聖女だ』
「え」
『その聖女を殺してしまったのが、かつての人族の王族たちだったのだよ』
「……」
風の精霊王様が悲しそうに告げる。
なんか、どよんとした気分になった私は、頭をブンブンと振り、タブレットの画面を見る。
エイデンのせいだけど、エイデンだけのせいじゃない。
そう思ったら、ここだけでも、できるだけ浄化できないか、という気持ちになった。
――なんか、苗木あったっけ。
浄化の能力があるのは、ユグドラシルの枝か、私が食べた果物の実についていた種から育った果樹のみ。
タブレットで植える果樹には、浄化の能力まではないのだ。
最近はそんなことを考えていなかったから、種だけ貯め込んでいたけれど、こうなったら、育てないわけにはいかないだろう。
『何をするつもりだい?』
「ちょっと実のなる木を育てようかと」
『ほお。それはあれかい。サクランボの木のような物かい?』
「そうです。去年の春にもたくさん生ったから、種だけはいっぱいあるから……あった、あった」
念のため、食べた種だけ、ビニール袋に入れておいたのだ。
「あとは黒ポットと、土はここ……うーん、そのままは使えないから、『ヒロゲルクン』で耕すか」
私がさくらんぼの苗木の準備をしだしたので、周りの精霊たちが集まりだした。
まだ小さな光の玉たちが多い中、うちの山からついてきた大きい子たちが、やる気を見せる。
『おおきくする?』
「そうね、一通り準備ができたらお願いするよ」
『まかせろ!』
『!!!』
『!!!!!』
「あら、小さい子たちも頑張ってくれるの?」
なぜか小さい光たちもピョンピョン跳ねて意思表示をしているようだ。
私はいそいそと、さくらんぼの苗木の用意をしていたのだが。
『!』
『デカいのが来るな』
『シンジュ、五月を任せるわ』
『うん』
ホワイトウルフたちが突然、警戒態勢になり、ウノハナとムクが走り出した。
『まったく、馬鹿な者はどこにでもいるようだねぇ』
あきれたような声は、風の精霊王様。
「え、あの、大丈夫?」
『フフフ、あの子たちなら大丈夫だよ。それよりも、さくらんぼの苗木を用意するんだろ?』
「あ、はい」
精霊王様の余裕の表情に、ウノハナたちを心配しながらも苗木の用意をすすめるのであった。





