第893話 湿地帯
私はタブレットの『収納』から、脹脛の中ほどまである黒いゴム長靴を取り出す。泥で汚れたスニーカーを脱いで、すぐにそれに履き替えた。
湿地帯周辺に水の精霊たちの姿を探すが、小さな光の玉は見えない。精霊がいるのが当たり前になっているせいか、いなさすぎて、ちょっと怖いくらいだ。
「これ以上はガーデンフェンスは挿しても沈んじゃいそうだね」
実際、ギリギリのところに挿したのは半分ほど埋まっている。これ以上進むのは無理そうだ。
「この奥に沼とか池ってあるのかな」
そばにいた水の精霊に声をかけると、コクリと頷く。
『そこにみんなあつまってる。ちょっと呼んでくる』
スーッと飛んで行く姿を見送りつつ、ここから水を野営地に引く水路の準備を始める。
タブレットの画面の『ヒロゲルクン』を選んでメニューをチェック。
――絶対、イグノス様、楽しんでるよね。(遠い目)
使わないでいると、知らないうちに新しいメニューが増えているのだ。そのおかげで、いろんなことができるようになるのはありがたいんだけど。
「うん、まずは普通に穴を掘ってくのが無難よね」
しっかり私の土地扱いになっているガーデンフェンスで囲われた範囲。地図表示で確認してから、今いる場所から野営地までスーッと指先でなぞれば、目の前でボコボコボコと地面が凹んでいく。
そこにU型のコンクリートの水路を嵌め込んでいく。『ヒロゲルクン』、ありがとう。
「じわじわきたね」
一番端はそのまま湿地帯の土と繋がっているから、泥と一緒に流れこんでいる。その先のほうから汚れた水がじわじわと滲み始めた。これがそのうち水の流れに変わってくれればいいのだけれど、と、少し心配になる。
しかし、このまま長期間放置したら、そのうち水路自体が泥で埋まってしまうかもしれない。
――とりあえず、今は、水の精霊の避難が先か。
泥の対策は後々考えることにして、私は湿地帯の奥のほうへと目を向ける。
『あ、もどってきた』
『おお~い』
私には見えなかったけれど、他の精霊たちが気付いたようで、手を振っている。
ピューンと水の精霊が小さな玉を抱えて飛んで来た。しかし、腕の中の光の玉は、ほとんど消えかけているように見える。
『さつき、おねがい!』
ぽいっと光の玉を放り投げる水の精霊。
「ええっ!?」
慌てて片手を伸ばして受け取るが、いくつかが零れ落ちる。
『なにやってるのよっ!』
『なげるなんて!』
他の精霊たちがフォローしてくれて地面に落ちる前に拾ってくれたけれど、光の玉が自力で飛べる力もない状況に唖然となる。
『わるいっ!』
その言葉だけ投げて水の精霊は戻っていく。その尋常じゃない様子に、他の精霊たちの顔が引き締まる。
『わたしたちもいってくるわ!』
『さつきは、そいつらをたのむ』
「う、うん」
私は手のひらの中でうっすら光るだけの玉に目を向け、胸が痛くなった。
文フリ京都に行ってきました。
『京都訪問記ー文学フリマ京都10 参加』
https://kakuyomu.jp/works/822139843540036851
少しずつ更新予定です。ご興味があったら、ご覧ください。





