竜王陛下と最愛の番
◇◇◇
「喜べフェリシエ!お前の結婚相手が決まったぞっ!」
麗らかな春の日差しの中。庭で優雅にお茶を楽しんでいたフェリシエは、突然の乱入者に眉をひそめた。
本日のティータイムの主役は、小さな蜥蜴が一匹。フェリシエの向かいの椅子にちょこんと腰掛けて、フェリシエが用意した特別製のおやつを美味しそうに頬張っている。
フェリシエは思わず溜め息をつくと、立ち上がって淑女の礼を執る。
「叔父様ご機嫌よう。本日は特にお約束していなかったはずですが……私に会いたいのでしたら事前に連絡をとっていただかないと困ります。おもてなししようにも、ここには気の利いたメイドもいませんもの」
もちろんこの失礼な叔父を最初からもてなす気などさらさらない。嫌みも込めて、遠回しに帰れと言っているのだ。だが、鈍い叔父は気付かず、ますます大声で捲し立ててくる。
「もてなしなどいらん。それよりもお前の嫁ぎ先が決まったのだ。どうだ、嬉しいだろう?またとない良縁だぞ。ありがたく受けるがいい」
唾を飛ばしながら大声で捲し立ててくるので、思わずさっと扇を広げてガードしたが、扇はあっという間に叔父の唾だらけになってしまった。
屋敷から持ち出せた数少ないお気に入りだったのに。……残念だが、この扇はもう捨ててしまおう。フェリシエは扇をそっとテーブルの上に置いた。
すると、小さな庭園中に響き渡る叔父の大きな声に怯えたのか、蜥蜴がトコトコと足元に寄ってきた。
「あら、ごめんなさい。恐がらせてしまったかしら」
フェリシエが蜥蜴を優しく抱き上げ頭を撫でてやると、蜥蜴は目を細めてうっとりとした表情を見せる。一見無表情に見える蜥蜴だが、近くで見ていると実に表情豊かで、ふとみせる仕草がとても愛らしいのだ。
蜥蜴とはこれほど愛らしいものなのか。フェリシエは蜥蜴のあまりの可愛さにスリスリと頬擦りする。
「怖がらなくても大丈夫よ。私がついているわ。誰にもお前を傷つけさせないわ」
蜥蜴はチロリとその長い舌でフェリシアの頬を舐める。
「ふふ。私の言葉がわかるのね。賢い子」
三年前。ここに来たばかりのころは、蜥蜴がこんなに人に懐くものとは知らなかった。何しろ、名前ぐらいは知っていても実際に見るのは初めての生き物だ。そもそも王都にある屋敷では、公爵令嬢であるフェリシエが、生き物を見る機会自体少なかったから。
土いじりも、庭でのピクニックも、無縁の生活。そのため、ここに来た当初は、小さな羽虫にさえ怖がっていた。けれども、王都の屋敷から追放され、メイドもつけてもらえず。一人ぼっちで寂しかったフェリシエは、庭園に現れた可愛い侵入者を歓迎した。
真珠のようにキラキラと輝く鱗に長い尻尾。なにより琥珀色の瞳が優雅で美しく、一目見てすっかり気に入ってしまったのだ。
今では一日中側にいて、夜は一緒のベッドで寝るほど仲良くなった。
「ねぇ蜥蜴。あなたはどこにもいかないで。ずっと私のそばにいてね」
蜥蜴はいつだってその金の瞳にフェリシエだけを映して、フェリシエの言葉にじっと耳を傾けてくれる。
フェリシエはこの小さな蜥蜴が可愛くて可愛くて仕方がなかった。
◇◇◇
フェリシエが蜥蜴に夢中になっていると、イライラした叔父がまた大声を上げて怒鳴ってきた。
「おい!私の話を聞いているのかっ!なんだその汚らわしい生き物はっ!さっさと捨てろ!全く、お前はそれでもレディなのか?わけのわからん生き物を飼うなど、公爵令嬢が聞いて呆れるわっ」
大切な友達を侮辱されて、フェリシエもカチンときた。
「叔父様に私の友達のことをとやかく言われる覚えはございません。叔父様こそ新しいご友人はお元気かしら?叔父様がいらっしゃるたびに私の持っているドレスやら宝石やらを勝手に持っていってしまうので、ろくな着替えもなくて困ってますわ。無理矢理着て形の変わったドレスは諦めるとしても、お母様の形見の宝石は返していただきたいわ」
ふんっ!と冷たく言い放つと、叔父はハゲた頭を振り乱し、真っ赤になってわめきだした。いわく「世話になっているくせに生意気」だの「公爵令嬢のくせにケチ」だの「昔から傲慢」だの。
そしてお決まりのように言うのだ。
「お前がそのように傲慢な態度だから、王太子殿下に婚約破棄されたのだ!」と。
もはや言われ慣れて耳にタコができそうなそのセリフ。(馬鹿王子との婚約破棄なんてどうだっていいわ)フェリシエは頬にすり寄る蜥蜴の喉をスリスリと撫でてやると、そっと地面に下ろす。下ろされた蜥蜴はどことなく不満そうだ。名残惜しそうに、足に纏わりついてくる。
「いい子だからちょっと待っててね」
甘えん坊のこの子は、いつもフェリシエにくっついて離れない。宝石みたいに美しい琥珀色の目をした、子猫ぐらいの大きさの白い小さな蜥蜴。フェリシエの大切な友達。
「何か誤解なさっているようね。わたくし、婚約破棄されて清々しています。この上政略結婚なんてまっぴらだわ。これからもずっとこの子と一緒に、ここでのびのびと暮らす予定ですの。わたくしに夫は不要ですわ。婚約のお話はお断りして下さいませ。では、ごきげんよう」
そう言い捨てて歩きだしたフェリシエに、今度は慌ててすがりついてくる叔父。なんなのだ。鬱陶しい。そして手がベタベタして気持ち悪いので本当に離して欲しい。
「いや、フェリシエ、待ってくれ!お願いだっ!頼む!お前がこの話を受けてくれないと、この国が大変なことになるのだっ!」
「大げさな」
ふんっと鼻で笑ったフェリシエだったが、叔父は本当にあたふたと慌てている。王太子殿下に婚約破棄をされ『傷物』となった身で、よもや縁談を断られるとは思っていなかったのだろう。本当に馬鹿にされたものだ。相手が誰であろうが、フェリシエの気持ちは変わらない。しかし、
「今度の政略結婚の相手は!竜王陛下なのだっ!」
その言葉に、さすがのフェリシエも目が点になった。
◇◇◇
フェリシエの暮らすオリテント帝国は主に人間が暮らす国。しかし、すぐ隣国のマドラス竜王国はその名の通り竜王の治める亜人の国である。
千年の時を生きると言う竜王は信仰の対象であり、オリテント帝国はもともと竜王を信仰する人間が集まってできた国だ。
「どうして竜王陛下がわたくしを?陛下には最愛の番がいらっしゃるはずです」
竜人族は非常に愛情深い種族で、生涯番と定めた一人しか愛さないと言われている。一度番を得た竜人族は決して他人には目を向けないとか。今の竜王の治世は長く続いており、竜王の番に不幸があったなどという話も聞いたことがない。なんて理想的な恋人だろうか。口では愛だの恋だの言いながら平気で裏切る人間とは大違いだ。
「前竜王陛下の譲位により、新たなる竜王陛下が誕生したのだ」
それはフェリシエにとっても初耳だった。竜王は血筋ではなく、竜人族の中で最も強いと認められた強者がなる習わし。新たなる強者が誕生したときのみ、代替わりが行われるとされている。竜王は竜人族で最強。いや、この世界最強の存在と言うわけだ。そのため、竜王の代替わりはどの国にとっても最大の関心事であるはず。何しろ、竜王の気まぐれ一つで国が滅びかねないので。竜王の持つ強大な力は、信仰と同時に人々の畏怖の対象でもあるのだ。
「でも、どうして私が番に?新しい竜王陛下とどこかでお逢いしたことでもありましたか?」
隣国に行ったこともなければ、竜人族と公の場で会った記憶もない。竜人族の番がどうやって選ばれるかは知らないが、フェリシエには全く身に覚えがなかった。
「そんなものわしが知るかっ!とにかく国王陛下と兄上宛にお前に婚約を申し込む書状が正式に届いたのだ。我が国の貴族令嬢が竜王陛下の花嫁に選ばれるなど、オリテント帝国史上初めてのことだ。非常に喜ばしいことだが、万が一竜王陛下の機嫌を損ねたらこの国がどうなるか……だから頼む!お前が竜王陛下にすぐさまその身を捧げ、この国を守ってくれ!」
そんな無茶な。
◇◇◇
「フェリシエ・ミラージュ!オリテント帝国第一王子ジョルジュの名において、お前との婚約を破棄する!そして新たに、『奇跡の聖女』であるキャサリンを私の婚約者とする!」
貴族学園の卒業パーティーで大々的に婚約破棄されたのはもう三年も前のこと。突然「真実の愛」とやらに目覚めた第一王子は、婚約者だったフェリシエを捨て平民出身の男爵令嬢であり、聖女を名乗っているキャサリンを選んだ。
フェリシエはジョルジュに腕を絡ませ、しなだれかかっているキャサリンに目を向けた。
「ごめんなさいねぇ、フェリシエ様。でも私達愛し合っているんです。私にはフェリシエ様のような高い身分はありませんけど、ジョルジュ様を愛する気持ちは誰にも負けませんわ。これからは、聖女としてジョルジュ様と共に国を支えていきますから安心してくださいねぇ」
大胆に胸元の空いたドレスを身に着け、さり気なくジョルジュの腕に胸を押し付けているキャサリンの姿は、聖女と言うより手練れの娼婦のようだ。実際、貴族学園に入学後、いろんな貴公子達と派手に親交を深めていたようだが、貴族令嬢らしからぬ下品な振る舞いをたしなめるでもなく、だらしなく鼻の下を伸ばしたジョルジュを見てフェリシエは悟った。もはやこの馬鹿王子に何を言っても無駄だろう。こんなにも安っぽい色仕掛けにころりと騙されてしまうのだから。
この下品な女が聖女だと持て囃されるようになったのは、この女が生まれた極寒の冬の日に、まるで春のように一斉に黄金の花が咲き乱れたからだ。「うちの娘の誕生を祝って神様が祝福を授けてくれたに違いない」とこの女の両親が吹聴してまわったせいで、それ以来平民たちの間で奇跡の少女と評判になった。
噂を聞きつけた男爵家の養女となり、ついには聖女と名乗るようになったのだが、実のところ彼女自身にはなんの力も認められず、普通の人間と変わらなかった。しかし、それから豊作が続き、国がどんどん豊かになると、それこそが聖女の恵みであると言われるようになった。
フェリシエはもちろん、そんなものは眉唾物の話だと思っている。大体、その日に生まれたのは彼女だけではない。同じ日に生まれたものなど、探せばいくらでもいるだろう。たまたま、彼女が目立っただけだ。けれども、馬鹿な王子はこのできすぎたおとぎ話をすっかり信じているようだ。いや、ただ惚れた女を王太子妃として認めさせるために、世論を利用したいのかもしれない。
「ああ、キャサリン、君は国に恵みをもたらす聖女でありながら、なんて健気で可愛いのだろう。フェリシエに君の百万分の一ほどでも可愛げがあったなら、これまでの僕も少しは救われていただろうに。いや、誰であろうと君の可愛らしさと比べることなんてできないな。まったく、この女ときたらいちいちうるさくて、僕の神経を逆なでることしかしなかったからな。この女と婚約していたことは僕の人生の汚点だ。ようやく僕は真実の愛を手に入れることができた。君によって救われたよ」
「ジョルジュ様……」
「キャサリン……」
十歳の頃から辛く過酷な王子妃教育を受けさせておいて、結婚直前にこの仕打ち。呆れるよりも情けなかった。ジョルジュは王子様然とした見た目とは裏腹に、ただただ凡庸な男だった。ご立派なのは上辺だけ。浅はかで努力嫌い。そのうち王族としての義務は放棄し、権利だけを行使して贅沢に溺れ、享楽に耽る日々を送るようになってしまった。
だからフェリシエは人一倍努力を重ねなければならなかった。ジョルジュが足りない分を埋めるために。フェリシエの功績はすべてジョルジュのものとなり、ジョルジュの失態の全てがフェリシエのものとなっても。
だってフェリシエはこの国で一番位の高い公爵令嬢だったから。王を支える王妃となるべく育てられたのだから。
「承知いたしました。それではこれで失礼致します」
フェリシエだって、ジョルジュのことなんか愛していなかったけれど。愛されることだってとっくに諦めていたけれど。それでも、人生の全てを掛けて精一杯支えて行こうと思っていたのに。
「ふんっ!涙も流さないとはな。全く可愛げのない女だ」
努力したことの。愛そうとしたことの。全てがどうしようもなく虚しかった。
◇◇◇
こうしてフェリシエは王太子妃になり損ねた娘として、領地の片隅に屋敷を与えられ、そこで蟄居を命じられた。王子に婚約を破棄され、高位貴族との縁談は絶望的。そんなフェリシエに父母の態度は目に見えて冷たくなった。元々先妻の娘であるフェリシエは継母から煙たがられていたので、これ幸いと体のいい厄介払いをされたのだ。父も若い後妻に骨抜きで、もはやなんの役にも立たないフェリシエのことなんてどうだって良かったに違いない。
フェリシエの悲劇はそれだけではなかった。父から領地管理を任されている叔父は王都から追放されたフェリシエを侮り、徹底的に冷遇した。通いの家政婦を一人付けるだけでろくに手入れのされていない、屋敷の離れに押し込め放置したのだ。
恐らくフェリシエのために用意された生活費や屋敷の維持費、使用人の給料なども使い込んでいるのだろう。フェリシエは王都から追放されたこの三年間、新しいドレスひとつ買うことができなかったばかりか、日々の食事にも事欠く有り様だった。
「一週間後、王城に竜王陛下がお見えになると連絡があった!すぐに持っている最上級のドレスに着替えて王城に行き、お迎えの準備をするのだっ!」
そんなものどこにあるというのか。フェリシエは思わず溜め息を漏らした。しかし、
「その必要はないよ」
凛とした声に思わず振り向くと、庭の片隅で佇む少年と目があった。少年がフェリシエを見て嬉しそうにふわりと微笑む。その瞬間、フェリシエに衝撃が走った。
────な、なんたる美少年!
顔だけは良かったジョルジュなんて目じゃない。本物の完璧な王子様がそこにいた。
白く透き通った肌にしなやかに伸びた手足。理知的な額に柔らかくカーブを描いた頬。白く艶やかな髪は陽の光を浴びて虹色に輝き……何よりも、魅惑的な琥珀色に輝くその瞳に、フェリシエの目が釘付けになる。
「て、天使様……?」
「なっ!なんだ、貴様は!一体どこから入り込んだっ」
少年は叔父を無視すると、思わずぼうっと見つめるフェリシアの前に跪く。そして、フェリシエの右手にそっと口付けを落とした。
「大好きなフェリシエ。僕と結婚してください」
「え?ええ?あなたは……」
「お、おいっ!なんだこのガキはっ!貴様っ!フェリシエから離れろっ!」
「……うるさい。ちょっと黙って」
少年が軽く手を振ると、突如風が巻き起こり叔父が尻餅を搗く。
「ぐぎゃっ」
「きゃっ……」
「ああ、ごめんよ。フェリシエ。さぁ、僕と一緒に行こう。約束したよね?僕がずっと、君のそばにいるよ」
「約束?」
少年の言葉にフェリシエは首を傾げた。
「忘れちゃったの?毎日僕を抱き締めて、そばにいてって言ってくれたよね?僕なら君を一人にしないよ」
「まさか……」
「ちなみに僕は蜥蜴じゃなくて竜なんだけどね。気付かなかった?」
悪戯が成功したと言わんばかりに可笑しそうにクスクスと笑う少年を呆然と眺めるフェリシエ。
「そ、そんなの!わ、わたし、知らなっ」
少年―――竜王は、真っ赤になったフェリシエをギュッと抱き締める。
「ふふ。可愛い。泣き虫でとっても可愛い僕のフェリシエ。大好きだよ。僕には君だけだって誓うよ。君の願いを叶えてあげる。約束通りずっと二人でいよう。さぁ、僕に名前をつけて」
「名前が、ないの?」
「うん。だから君に付けて欲しい」
その瞬間、フェリシエの脳裏に一つの名前が浮かんだ。それはまるで最初から知っているかのように、この少年にふさわしい気がした。
「フィガロ……」
「……フィガロ。それが僕の名前……」
フィガロの体が強く光り輝くと、見上げるほど巨大な竜に変化を遂げる。琥珀色の瞳で、真珠色に輝く鱗を持つ美しい竜だ。
「蜥蜴じゃなかったのね……本当に、竜だったのね……」
「ひっ。ひぃ……りゅ、竜……た、助けて、神様!ど、どうかお助け下さい……」
地面に頭を擦り付け、ガタガタ震える叔父を無視して、そっとフィガロに歩み寄るフェリシエ。
「ねぇ、竜人族が浮気しないって本当?」
『本当だよ』
「本当に、私だけを愛してくれる?」
『君が嫌って言っても、もう君しか愛せない』
「ふふ。じゃあいいわ。あなたのお嫁さんになってあげる」
竜はフェリシエをそっと手のひらに乗せると、空高く飛び立った。
「あ、ああ……た、助かった、のか……」
――――こうしてフェリシエはマドラス竜王国竜王陛下の番となった。
◇◇◇
婚姻成立の知らせを受け、オリテント帝国では大々的に二人の婚姻を祝う宴が開催された。
寄り添って現れた仲睦まじい二人の様子に、オリテント帝国の貴族達はほっと胸を撫で下ろす。どうやら新しい竜王陛下はすっかりフェリシエ嬢に夢中らしい。これで、オリテント帝国は安泰だ。
「どうなることかと思ったが……これもフェリシエ嬢のおかげですな」
「まことに。余り物にも使い道はあると言うことですな。おっと!竜王国の王妃となられたお方に、これは失言でしたかな」
「まぁ、竜王陛下もまだ少年のようだ。王妃とは名ばかりで、実のところ体のいい子守り役をお探しだったのでしょう」
「何をおっしゃる。フェリシエ嬢のあのキツイ性格で子守り役が務まるとでも?せいぜい生け贄役でしょうな!」
ハハハ……と上機嫌に話す貴族達にフィガロはピクリと顔を強ばらせた。
「フィー?」
フィガロの隣で不思議そうに首を傾げるフェリシエ。
「……なんでもないよ」
聞くに耐えない中傷は、幸いフェリシエには聞こえていないようだ。
一方、若いご令嬢がたは、神々しいまでに美しいけれど、どう見ても少年にしか見えない竜王陛下の姿に興味しんしんだ。
「ご覧になって。竜王陛下はなんてお美しいのかしら。でもまだ成人なさっていないのではなくて?」
「本当に。お可愛らしいわ……でも、フェリシエ様とでは年齢差が心配ね」
「美少年……尊い……」
口々に噂すれど、さすがに近寄って話し掛ける勇気がないのか、二人を遠巻きに見つめている。
そこに、ジョルジュと王太子妃となったキャサリン。フェリシエの両親。ついでに叔父が歩み寄ってきた。
「これは竜王陛下。お逢いできて誠に光栄です。私はこの国の第一王子、ジョルジュです」
無駄にキリッとした顔を作るジョルジュ。だが、今となっては馬鹿面にしか見えない。
(本当に……どうしてこの顔が格好いいなんて思っていたのかしら)
よく見るといかにも軽薄そうな顔をしているのに。
「キャサリンですぅ。わぁ、竜王陛下、ちっちゃくて可愛い~。フェリシエ様、これから王妃になるもの同士、仲良くしてくださいねぇ」
相変わらず露出度の高い派手なドレスに、たゆんたゆんと揺れる豊かな膨らみ。頭の中はお花畑だが、確かに胸元だけは豊かに実っているようだ。揺れるたび胸元を凝視しているジョルジュを見て、なるほど、これが馬鹿王子のハートを射止めたのかと納得する。同じように鼻の下を伸ばしている男性陣を見ると、実のない聖女であっても、男性人気だけは高いらしい。
「フェリシエ!役立たずのお前を拾って下さったのだ!これからはしっかり竜王陛下にお仕えするのだぞっ!」
偉そうなジョルジュの言葉に相変わらずだなぁとため息が出る。無能なくせにプライドだけはやたら高いのだ。無能なくせに。フェリシエは段々イライラしてきた。
「ふふ、ジョルジュ様ったらぁー。フェリシエ様にもたっくさん、いいところはあるはずですよっ!おっぱいはちょっとちっちゃいけどぉ」
これまた意外なところからマウントを取られた。まぁ別に事実だからどうでもいい。そもそも胸がでかいと垂れるではないか。
思わずふっと遠い目をするフェリシエに、フィガロの纏う空気が変わった。しかし、なお畳み掛けるように公爵夫妻と叔父がにじりよってくる。
「竜王陛下には我が娘をお気に召していただき大変光栄でございます。今後は我々のことを実の親だと思ってくださって構いませんよ。なぁ、お前」
「ほほほほ、そうですわ。これからは私達が竜王陛下の親族になるわけですからね」
「フェリシエ!ワシへの恩を忘れてないよなっ!厄介者のお前の面倒を見たのは誰だ?ほら、お前からも陛下に……」
突如、公爵夫妻と叔父の前にピシャンッと稲妻が落ちる。
「ヒッ……」
「な、なにを……」
「だまれ。それ以上戯れ事を申すな……これまでの我が番への侮辱。何よりも許しがたい……」
続いてジョルジュ王子とキャサリンの前にもぼうっと炎が燃え上がる。
「う、うわぁぁぁぁ!火がっ!僕の服に火がぁ!」
「いやぁーん、髪の毛が焦げちゃうぅ」
ようやくフィガロの逆鱗に触れたことに気付き、顔を真っ青にして命乞いしてきたがもう遅い。たちまち空には雷鳴がとどろき、すさまじい嵐となる。
「ひ、ひいっ!ど、どうかお怒りをお鎮めください!」
「おお、神よ!愚かなわれらをお許し下さい!」
必死で命乞いするオリテント帝国の王族や貴族たちを冷たい眼で見つめるフィガロ。それはまるで虫けらを見るような目だった。
────もう、ダメだ。竜王を怒らせてしまった……
誰もが絶望したそのとき
「こらっ!ダメでしょう?そんなことしたらフィーが悪いドラゴンだって言われちゃうわよ」
こ~いつう~とばかりにフィガロのおでこをつつくフェリシエ。
するとフィガロはコロッと態度を変えた。
「君を悲しませるものなど全部滅びてしまえばいい。でも、フェリシエに悪いドラゴンだと思われるのは嫌だな」
甘やかに瞳を蕩かせてフェリシエを熱く見つめるフィガロ。
フェリシエの心はフィガロへの愛しさでいっぱいになった。ああ、もうこんなところさっさとおさらばしてマドラス竜王国で心行くまでフィーとイチャイチャしたい。そればっかりを考えていた。
「ここにはもう用はないわ。帰りましょうフィー。私たちのお家に」
「ああ、そうだな。こんな気分の悪いところ、一秒たりとも居たくない」
フィガロはフェリシエを軽々と抱きかかえると、そのままテラスに出てひょいっと飛び降りる。
「きゃっ!」
「大丈夫。君を落としたりしないから安心して」
「もう、飛び降りるなら飛び降りるって言ってよね」
「怖かった?」
「あなたがいれば、怖くないわ」
フィガロはそのまま竜の姿に変化すると、大切な宝物のようにフェリシエをそっと腕に抱き抱える。
『僕の最愛。全てのものから君を守るよ』
「信じてるわ」
一方竜王の逆鱗に触れたオリテントの貴族たちは大騒ぎだった。
「本物の竜だ!」
「なんて偉大なお姿……」
「ああ、しかし我々は竜王陛下を怒らせてしまったんだぞ。これからこの国はどうなってしまうんだ……」
口々に叫ぶ貴族たちをみてフィガロはすっと目を細める。
『うるさい羽虫どもめ。殺してやろうか』
「ヒイイイ……お許しください、お許しください」
凄むフィリクスをみてくすくすと笑うフェリシエ。
「フィーったら意外と短気なんだから。駄目よ。早く嵐を止めてあげて。このままでは罪のない民にまで被害が及ぶわ」
『君が望むなら』
ピタリと嵐がやみ、それと同時に地面から小さな無数の金の光が次々と浮かび上がる。あまりにも幻想的で美しい光景に、誰もが息を呑んだ。
「こ、これは……」
「奇跡……なのか?」
いぶかしむ貴族たち。
「わぁ~綺麗ですねえ。きっと私達への祝福ですよ!」
能天気にはしゃぐキャサリンの声が響いた。
「綺麗……フィー、何をしたの?」
『これは僕から君へのプレゼントだよ』
「素敵だわ。ありがとう」
飛び立とうとする二人に、それまで黙っていた国王が声を上げる。
「フェリシエ様……どうか、お許しください……こっちへこい!この馬鹿息子め!お前からも謝罪をしろ!」
「あ、あの、フェリシエ……い、いえ!フェリシエ様には大変申し訳ないことをいたしました。これまでのこと、心よりお詫び申し上げます」
今にも倒れそうな顔でガクガクと震えるジョルジュ王子に、フェリシエはにっこり艶やかに微笑む。
「あら、ジョルジュ王子が婚約破棄してくださったおかげでフィーとめぐりあえたのですもの。そんな些細なこと何一つ気にしていませんわ。どうぞお気になさらないで」
寛大なフェリシエの言葉にオリテント帝国の国民はみな涙し、フェリシエを竜の女神としてあがめた。
◇◇◇
「本当に良かったの?あんな国、滅ぼしちゃえば良かったのに」
フィガロの物騒な言葉にフェリシエは笑って首を振る。
あれからすぐにマドラス竜王国に戻り、今は王宮の温室でのんびりお茶を楽しんでいる最中だ。色とりどりの美しい花が咲き乱れるこの場所は、絢爛豪華で知られる竜王国の王宮の中でも、特にフェリシエのお気に入りの場所だった。特に、フィガロの瞳と同じ、琥珀色に輝く花が美しい。この花の名前はなんだったか……。
「もういいの。それに、今回はこれを取り戻しに行っただけだから」
フェリシエの手には、亡き母の形見のペンダントが煌めく。フィガロの瞳にも似た、美しい琥珀色の宝石がはまったそれは、母が遺してくれた大切な宝物だ。
「良かった!それ、ちゃんと持っててくれたんだね!」
フィガロがぱぁーっと顔を輝かせる。
「これ、知ってるの?」
「もちろん。だってそれ、僕がフェリシエの母上に渡したんだもの」
「……ええっ!?」
「フェリシエが生まれたときに、すぐに会いに行ったんだよ。この子を僕のお嫁さんに下さいって。そしたら君の母上に、『フェリシエはいずれ王妃になる娘ですから、王でない者には差し上げられません』って断られちゃって。だから僕、必ず王になるから、それまで預かって欲しいって言って、それを渡したんだ」
「これ、何があってもこれだけは手離さないようにってお母様が……。でも、叔父に取り上げられてしまって、ずっと探してたのよ」
「アイツか……やっぱり、アイツだけでも殺してくる」
立ち上がりかけたフィガロをフェリシエは優しく嗜める。
「だめ。フィーが私のために人を殺すなんて嫌よ」
止められたフィガロは不満顔だ。
「フェリシエは本当にお人好しだね。でも、万が一それが失われてたら、僕はあの国ごと焦土に変えて、見つけ出したけどね」
フィガロの物騒な言葉にフェリシエは首を傾げる。
「これ、とても綺麗だけど、そんなに大切なものなの?」
「それはね、『竜の逆鱗』だよ」
「竜の逆鱗……」
「ちょっと貸してくれる?」
「いいわよ」
フィガロは器用に琥珀色の石をペンダントの台座から外すと、
「はい。あーん」
とフェリシエの口許に持ってくる。
「え!?ちょっと待って!えっ!?」
「大丈夫。僕を信じて。ほら、あーん」
フェリシエが渋々口を開けると、有無を言わさず口の中に放り込まれる。だがその瞬間、えもいわれぬ甘美な甘さが口の中一杯に広がった。
「え、甘い……」
「ふふふ。甘いでしょ。それね、人間界では不老不死の妙薬って言われてるんだよ」
「んんんっ!」
「ちょっと!大丈夫!?」
むせそうになったフェリシエに慌てて、水を持ってくるフィガロ。
「ふ、不老不死って!」
「っていっても、僕のそれは、フェリシエにしか効果ないけど」
「どういうことなの?」
「竜の逆鱗はね、竜が愛する人に同じ命を分け与えるためのものなんだ。だから、対となる運命の番にしか効果はないんだよ」
「もし、運命の番じゃなかったらどうなるの?」
「ただの綺麗な石っころとしての価値しかないだろうね。ただし、竜にとっては命より大切なものなんだよ」
「そうなんだ……でも、そんな大切なものをどうして私に預けたの?もし私がジョルジュ王子と結婚してたら……」
「ふふ。もちろん国を滅ぼしても君を手に入れたよ?あの王子は命拾いしたね。何しろ君は竜玉をその身に宿した、竜の乙女だし。最初から君の代わりなんていないからね」
「竜の乙女?」
「竜の乙女は、千年に一度くらいの割合で人間の中に現れる僕たちの番なんだ。僕たち竜は、同族の中に番がいなかった場合、竜玉を頼りに自分の運命の番を探すんだよ」
琥珀色の花がオリテント帝国に咲き乱れたあの日、フィガロは真っすぐにフェリシエの元に飛んだのだ。待ちに待った己の魂の片割れ。最愛に出会うために。この花の名前は『フェリシエ』。この世でただ一つの、フィガロだけの花。
「最初から、私はあなたのものなのね」
「違うよ。僕が君のものなのさ」
フィガロが甘えたように額を寄せるので、フェリシエはいつものように頭を優しく撫でてやる。
「それで、私は不老不死になっちゃったの?」
「正確に言えばいつかは死ぬけどね。僕と同じくらい長い時を生きる。嫌だった?」
「もう。食べさせた後でそんなこと聞くなんてずるいわよ」
「君が死んだら僕も死ぬけど、もっと君と一緒にいたいんだ。愛してる。千年でも足りないくらい」
「わたしも。愛してるわ」
フェリシエは大好きだった母の言葉を思い出す。「いつかきっと、あなただけを愛してくれる素敵な王子様が迎えにくるわ。だからそれまで、大切に持ってなきゃだめよ」そう言って、あのネックレスを渡してくれたのだ。
最初からあなただった。
今日もフェリシエは愛しい竜王の愛に包まれている。愛しくて愛しくて堪らない。たった一人の運命の恋人。
優しい檻のような愛に囚われて、フェリシエは幸せだった。
ちなみに竜の乙女を失い、竜の加護を失ったオリテント帝国はその後激しい気象変動により緩やかに衰退し、やがて地上から姿を消してしまった。あのときフィガロが奪ったのは竜の祝福。愛する番のために惜しみなく大地に与えた恵みを、まるごと奪い去った。心優しいフェリシアには内緒だけど、そのぐらいの仕返しは許してくれるだろう。何せ竜は、最愛を悲しませるものを決して許しはしないから。
あとにはただ、竜と乙女の伝説が残るのみ。
おしまい
読んでいただきありがとうございます
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下のほうにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして、応援して下さるとすっごく嬉しいですっ♪ポイントがたくさん貯まると作者がニヤニヤします。
広告の下に読み周り用リンクにを貼ってあるので、ぜひ、色々読んでみて下さいね。
皆様の感想、お待ちしてま〜す。