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ゆきまこ!  作者: 水成豊
6/7

蘖(ひこばえ) -Make up-

「おはよう、雪菜」

今年も残すところあとわずかとなったある日、開店前のロッカールームで声をかけられる。

「深月さん。おはようございまぁす」

鏡の前に座っていた雪菜は、リップを化粧ポーチにしまい込みながら、入ってきた先輩キャストを迎えた。

「今日も来てたの」

予想外、とでも言いたげな声色に首を傾げる。

「ふつーに出勤ですよ。年末年始は特に予定もないし、時給高いうちにできるだけ稼ぎたいんで」

「そう。じゃあお互い様ね」

ふふ、と店一番の美人ににこやかに返されて、ついこちらも笑みをつられてしまった。

「あら、ポーチ変えたの?」

隣りに座ってすぐに指摘される。さすがだなと思いながら手に取って掲げてみせた。

「クリスマス営業の時の()()()ですよ。前に限定コフレが欲しいって言ったのを覚えてたみたいで」

「ああ、それで今日はメイクの雰囲気がいつもと違うのね」

「折角貰ったんだし、使わないともったいないじゃないですか」

似合ってるわと言いながら、深月もポーチからリップを取り出す。

「じゃあ今夜は来るのね、田崎くん」

そうして思いがけず口にされた名前に、雪菜は大層驚いた。

「は、えっ?」

「だってそれ、彼からのプレゼントなんでしょう?」

「アタシそんなこと言いましたっけ?!」

「あら、図星だった?」

すべてお見通しということか。にこにこと笑顔を絶やさず見つめてくる彼女に、雪菜は一生頭が上がらないことを改めて痛感した。

「折角おろしたんだから、気づいてくれるといいわね」

ダメ押しの一言を投げかけられ、いたまれなくなって「お先します!」と立ち上がり鏡の前を離れる。ロッカーにポーチを急いでしまうと、鍵をかけ、深月を振り返ることもなく部屋を出た。

ずんずんと勢いに任せて廊下を進みながら、熱を持った頬を押さえる。

冷静に、何食わぬ顔で、意を引き、あそぶ。

その本分を持ち出すことが、最近はなんとなく……。

「そんなわけないわよ」

ぺちぺちと軽く叩いて雑念を追い払い、顔を上げて。

「アタシは、プロなんだからね」

そうして()()『雪菜』の仮面を静かにかぶせた。


***


動揺した様子の雪菜を送った深月は、ひとつ息をついてから鏡に向き直ると、手にしたリップの蓋を外してゆっくりと繰り出した。

目に映ったその色。諦めはしても決して忘れ得ぬ面影、最後に席を共にし、そうして『さよなら』を口にしたその時に身に着けていた色を、今もひとり唇に乗せている。

これまで幾度となくそれを繰り返し、そうして『深月』は形作られてきた。化粧に髪型、服装に振る舞い。追う先輩の姿にその真理を悟ったし、同じ道をたどる仲間を何人となく見てきた。

だから、今度も。


「染まっていくのね、あの子も」


静かに呟いて唇に引き、かすかな苦みを目元に映した。

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