塗 -『Lip』service -
「これ、あげるよ」
唐突に差し出された小さな包み。口に結ばれたリボンを解いたその中には、四角い小箱がひとつ入っていた。
「口紅?」
なんのつもりかと懐疑の目を向けると、反応を予見していたのか、彼――田崎眞が苦笑を浮かべ説明を始めた。
「えっと……ついこの間、街で偶然後輩に会ってね。その時に渡されたんだ。そいつが勤めてるメーカーのなんだって」
ふぅん、と改めて袋の中から取り出し外装を眺める。淡いピンク色の箔が散りばめられた白いパッケージ。どこかで見覚えがある気がしてしばし記憶を辿った。
「雪菜ちゃんさ、よかったら、それ使ってみてくれない?」
遠慮がちに、しかし奥に熱を帯びた言いように引き戻される。と同時に、辿った記憶から掴み得た事実と、彼の魂胆をそこで覚った気がした。
「それってもしかして、開発モニターになってくれってこと?」
けれど習いで咄嗟にかわし、あえてそ知らぬふりを貫く。
「よく頼まれるのよね。使い心地とか、お客様の反応とか、要は発売前に市場調査したいってことなんでしょ?」
わかってるわよと装うと、彼の面持ちが微妙に揺らいだのが見て取れた。
「えっと……そ、そうなんだよ! さすが理解が早くて助かるな。フィードバックしてくれたら、俺からそいつに伝えておくから」
なにとぞよろしく雪菜サマ、とこちらに向かって手を合わせた軽妙さとは裏腹に、口元には苦さがひとはし残ったままだ。こちらの勘違いを利用して誤魔化したつもりらしいそれに、「仕方ないわね」と調子を合わせて答える。そうして頭を一掻きし、グラスを持ち上げた後の複雑な表情を盗み見て。
うそつき。
内心呟いた。
これ、2日前に出たばっかりの今シーズンの新作じゃない。
丁寧にラッピングまでしてあるなんて、試供品にしては不自然だし。
はっきり『自分で買いました』って言えばいい。
『使って欲しい』って言ってくれたら。
それは自惚れ、勝手な思い込みなのかもしれないとわかっている。そしてひどくタチが悪い思考に陥りそうになっているとも。
けれど、どうにも責めずにはいられなかった。
「ほんっとにバカ。バカ田崎」
息をするのと同じくらい、最後に小声で嘯いて。
それから店の喧騒で、胸のモヤつきを強引に塗り込めた。