扉 -Nightmare-
真っ白な扉の前に立つ自分。
いつの間に、こんなところまで、どうやって。
けれど、そんな疑問を払い除けてしまうほどの事実がすぐ右隣にあった。
「雪菜ちゃん」
そこにいた彼――田崎(田崎)眞は、硬い表情のままで続ける。
「今ならまだ、間に合う」
ひどく抽象的な物言い。けれど、何がとは問わなかった。わかっている。だからこそ、とその左手のひらに己の指で触れて返した。
「いいんだね」
頷くと、何処ともなくかちりと音が響き、扉がゆっくりと開かれた。かすかに漂った清々しい香り、けれどそれを堪能する間もなく、扉の内側にぐいと引き込まれて抱かれた。
ああ、これは夢だ。
確信がある。だって、こんなこと、起こりようはずがない。
背中に回された腕は力強く、身動きすら取れないほどなのに、ふっと儚く消えてしまいそうなほどに脆くも感じる。
だから自分も腕を回した。ずっと、密かに触れたいと思っていたその背中に。
「戻れない」
物音の一切ない空間で、ふと発せられたかすれ消え入りそうな声に息を呑む。
「もう、無理だ」
言いようのない響きに、思わず瞳が濡れる。
これは喜びか、悦びか、それとも別の何かか。いや、そんなことはもうどうでもいい。
夢でもなんでも構わない。
だから、お願い。いっそ。
そんな切望が伝わったか、さらに身が近づいて。そうして耳元に寄せられた唇が、次の言葉を紡ごうと動く気配がする。
掴み離さぬ、最後のそれを。
「 」
そうして、呼ばれたと思った瞬間。
意識は、心身の重みを伴って現実へと帰った。
「……最悪」