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千尋の向かう先は賑やかな商店街から、落ち着いた住宅街へと変わっていく。ここら一帯は江戸時代から続く長屋ばかりだ。皆薄手の着物を身に纏っている。。今時のハイカラなワンピースを着る女性は千尋意外、見当たらない。
長屋の一番はじ。『宗雪』と障子に達筆で書かれた1軒で、千尋は足を止めた。かすかに女の猫撫で声が聞こえる。いつものことだ。ここの部屋の主は、女が好みそうな甘いマスクとその出立ちや流れるような優しい仕草は、ここら辺では評判だ。千尋もそれに騙されひょんなことから彼の手伝いをしている。しかし、生活の大半をこの人間と過ごし、幻滅したのは遠い昔の話だ。彼、基「宗雪」という小説家は、ただの人間好きの寂しがりやなのである。そして、すぐに泣き出す気の弱い泣き虫だ。
女の猫撫で声が、喘ぎ声にかすかに変わった。千尋はため息をつく。そしてニヤリと笑った。空はカンカンでりの真昼間だ。扉に手をかけ、大きく息を吸い込む。思いっきり扉を右に開けると、千尋の顔には先程の笑みはなく悲壮感と怒りに溢れた顔が浮かんでいた。
そして、
「宗雪さん!!!その女はなんなの!?」
甲高い千尋の声が長屋中に響いたのだった。
_______「千尋ぉ、ごえんなさいぃ」
元凶・・・宗雪は大きな体を小さく丸め、泣きながら千尋にすがっている。
先程の女は、千尋の登場に一瞬怯みながらも応戦してきた。しかし、千尋の「何人目よ!」の一言に、顔を真っ赤にしながら部屋を飛び出していった。その際できたのが、宗雪の左頬の紅葉の後である。
「今、お昼時ということをご存知ですか?」
千尋は、濡れ鼠のような男に軽蔑の視線を向ける。
「でも、誘ってきたのは彼女で・・・」
「先生。それは、責任転換です。その誘いに乗ったのは先生でしょ。それをまぁ、彼女のせいに・・・。クズも極まれりですね。クズより下はなんだと思いますか?」
千尋の蔑みの目に宗雪は縮上がる。
「まぁ、いいです。次回はなけなしの金で夜間に宿にいって行なってください。それか、その金で去勢してください」
「ごべんなさいぃ」
宗雪はパッと顔をあげる。この国では稀な色素の薄い長い髪は、無造作に結ばれ、先程の行為のせいで少し解けている。ぱっちりとした目は泣いたせいか赤みがかりどこか気怠げにも見えた。