Episode.4
夕楽がピンク色の長方形のレジャーシートと丸型のクッションを、月乃が紙やシャープペンシル、下敷きなどの文房具を一通り出現させると、花陽は受け取りながら目を輝かせた。
「す、すごい…!私も…練習すればできる、のでしょうか…」
「できるよ、絶対!あ、でも魔力の流れが安定しないとできない、のかな…?」
夕楽が花陽にクッションを手渡しながら言うと、律樹はんー、と唸った。
「そうだなぁ…さっき夜宵にサンプルは渡してきたし、近日中には魔力を安定させるサプリみたいな物を用意できるかな。それを飲んだら、多分俺達みたいに普通に魔法を使えると思う。」
「あぁ、道理でホームルーム遅れたんですね…」
月乃がそう言うと、律樹は「緊急だったんだから許してくれ…」と律樹が苦笑した。その後、ペンでホワイトボードを軽く叩いた。
「まぁ、それは置いといて。改めて、ここは人間界とは違う魔法が蔓延る世界、〔魔導師結界〕という場所だ。ここに住む人達は皆、何かしら魔法が使える。簡単な魔法しか使えない人も、望まずに強力な魔法を手に入れてしまった人もいることを、必ず承知してほしい。」
「望まずに、強力な魔法を…」
「ああ。今の場合は、花陽もその1人だ。人間界から来た人間という特殊ケースに加え、結界内で恐れられている禁忌魔術の1つ[蛇の刻印]まで携えてきたんだ。本当は、人間界から人間が来るなんてありえない。もしここで生きていくなら、[蛇の刻印]は極力使わない方向にしてほしい。」
分かりました、と花陽が頷くと、律樹は感謝の意で軽く頭を下げた。続いてホワイトボードに描かれた黒い枠に縁取られた人のイラストと真っ黒に塗り潰された人のイラストをペンで指した。
「では、本題だ。魔導師と魔術師の違いの話をしよう。俺達は、魔法で明るい未来へ導く、という意味で魔導師と呼ばれている。逆に、魔術師は魔術で魔獣との共存を目指す、という意味だ。」
「魔獣…魔術師は、あんな凶暴なのと存続を…望んでいる、ってことですか…?」
先程の魔獣…ヴロミコ・ゾンビを思い出しながら、花陽はおずおずと聞いた。怯えた様子を見せる花陽を見て、夕楽は横から思い切り抱きつき、左手で花陽の白く染まった頭を撫でた。
「わひゃっ!?」
「大丈夫ダイジョーブ、危険な魔獣を倒すためにボク達魔導師が戦ってるんだから!」
「そのための魔導師学校だからね。俺達魔導師は、危険性の高い魔獣をメインに殲滅を行っている。魔術師は危険性の有無問わず、魔獣との共存を望んでいるんだ。」
危険性?と花陽が首を傾げると、月乃は「人を襲う可能性みたいなものよ。」と軽く説明した。危険性の高い魔獣は倒すべきで、危険性の低い魔獣は後回し…なんなら倒さなくてもいいものなのか…?と判断すると、花陽は紙に魔獣についてをメモしていった。魔導師と魔術師の歴史や魔獣の細かい詳細はまた今度にしようか、と律樹が言うと、校内に鐘の音が響いた。授業の終わりを告げるチャイムであることに気付いた律樹は、微風に紺色のアシンメトリーの癖っ毛を揺らしながら笑みを浮かべた。
「それじゃあ、特別授業はここで終わりにしようか。3人共お疲れ様。」
「ありがとうございました…!」
「ありがとうございました〜!」
「ありがとうございました。」
生徒達が紙はあげるよ、クッションとか消しちゃうよ〜?などと会話をしているのを横目に、律樹は半透明の画面を出現させた。時間と業務連絡の有無やスケジュールを確認すると、再び3人の方に目を向けた。
「さて、11時半か…夕楽と月乃は2年との合同戦闘訓練…花陽はどうしようか?校内の案内でも…いや。先に心身共に休んだ方がいいか。色々なことがありすぎただろうからね。」
「あ…ご心配をおかけして、すみません…」
「大変だったのは花陽だ。気を負わない方がいい。学校の隣に学生寮があるから、そこで休むといい。花陽の部屋は後で知らせるから、2人は訓練の準備してきな。」
夕楽と月乃は頷く。夕楽がまた人懐っこい笑みを浮かべながら「また後でね〜!」と手を振りながら去るのを、花陽は振り返しながら見送った。2人の姿が見えなくなると、律樹と花陽は学校の隣に建つ夕空色の煉瓦の建物へ向かった。
歩いて数分で着いた建物を囲む柵に掛けられた看板には、〔魔導師育成学校関係者専用学生寮〕と書いてあった。学生寮の前にはたくさんの色彩豊かな花が咲き乱れる花壇が何面もあり、夕空色の煉瓦と真っ白な道路も相俟って華やかな雰囲気を放っている。ブラウンの大きな扉を開け、花陽と律樹は3階へ上っていった。階段を登りきると、2人はそこで立ち止まった。
「ここが学生寮の3階、女性フロアだ。基本男性は入れないから、とりあえず…空き部屋の303号室を使ってくれ。校長室前で会った御子神さんが昼過ぎに来てくれるから、色々説明はその人から聞いてくれ。」
「御子神さん…あの、緑色の髪の…?」
そうそう。と律樹は頷いた。鍵は開いてるからねー、と言うと律樹は階段を降りていった。ありがとうございます、とお辞儀をし、律樹が見えなくなった頃に花陽は言われた部屋に向かった。
廊下には3階には12部屋ほどあり、プレートを見るとその内2部屋は女子トイレとお風呂ということが分かった。
「…夕楽君って、どっちのお部屋使ってるんだろ…やっぱり下なのかな…?」
そんな素朴な疑問を浮かべながら、花陽は303号室の扉を開けた。ベージュと白を基調としており、花陽の想像よりも広い部屋だった。おおよそ12畳ほどの洋室には、小さめの本棚や机、椅子、ベッドが設置されており、隅にはトイレとシャワー室もあった。恐らく浴槽に入りたかったら先程のお風呂に行く、ということかと納得すると、花陽はふかふかのベッドの上に座った。
「はぁ…」
花陽は、疲れたように大きなため息をついた。
あまりにも、色々起こりすぎた。家に帰ったら知らない綺麗な女の人がいて、家族は皆瀕死で。女の人からは《蛇の刻印》を捧げられて、家族を殺してしまって。それは禁忌魔術で、目覚めた頃には魔導師結界にいて。魔導師結界について、そして魔導師と魔術師について知って。魔獣は怖かったけど…でも、宮歐先生や、夕楽君、月乃ちゃんと出会えた。ここで生きるなら、ここにいる目的を作りたいと言ったはいいものの…
「…どう考えても…ここにいた方が、楽しいだろうな…」
学校生活なんて元から楽しくなかったし、果てには家族まで失ってしまった。それも自分の手で。この罪悪感は、一生付いてくる。絶対に。忘れてはいけない、今までで1番のトラウマ。ごめんなさい、ごめんなさい…と呟いていると、扉をノックする音が聞こえた。流れかけた涙を拭い扉を開けると、扉の前には律樹が御子神さん、と呼んでいる女性が笑みを浮かべながら立っていた。
「こんにちは〜律樹先生によろしく頼まれた御子神菖蒲でーす。君が花陽ちゃん、だよね?」
「あ、はい…!数時間ぶり、ですね…」
「そだね!改めて、あの時は警備システム切り忘れててごめんね…驚かせちゃったでしょ?」
「い、いえ…ここの学生さん…に襲われた時も、宮歐先生が守ってくれましたから。あ、中、どうぞ…!」
「あ、気を遣わせちゃってごめんね!お邪魔しまーす!」
バタンッ。菖蒲を中に招き入れ、花陽は扉を静かに閉めた。外では、反対に激しい金属音が鳴り響いていた。