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長い恋のお話






「大空くん」


 声をかけられた。


 女の声。


 高校の放課後。


 ホームルームが終わり、廊下へと出た。


 その直後のことだった。


 それは馴染みの無い声。


 だが、美しい声だった。


 少しだけ聞き覚えが有る。


 声に惹かれて振り返った。


 見慣れた制服が目に入った。


 女子の制服だった。


 襟から上にはあまり馴染みの無い顔。


 だが、少しだけ見覚えが有る。


「深山……さん」


 なんとなく予感は有った。


 深山葉子。


 それが俺を呼び止めた女の名前だった。


 クラスメイト。


 なのに、全くの他人のように感じる。


 彼女が転校生だからだ。


 今日、俺達のクラスへと転校してきた。


(まあ、美人なんだろうな)


 彼女を一目見た時、俺はそんな月並みな感想を抱いた。


「大空……日向くん」


 反応に困ってぼんやりとしていると、彼女は再び俺の名を呼んだ。


「なんで二回言った」


 そっけなく言うと、彼女は瞬きをしながら視線を泳がせた。


「一回目は……下の名前は呼んでない……ですよ?」


「なんで敬語? っていうか……」


「何の用?」


 俺はそう尋ねた。


 だが、ある程度の予想はついていた。


 ……何故か。


 彼女の頭上に『あるもの』が見えていたからだ。


 『あるもの』とは何か。


 それはハートの形をしていた。


 廊下を行き交うみんなには見えていないだろう。


 俺にだけ見えている。


 それは……『恋気』。


 人間が抱く恋心を可視化したものだった。


 俺にだけ、見える。


 別に変になったわけじゃない。


 ある日いきなり特別な力に目覚めたわけでも無い。


 それは俺が生まれつきに持っている力だった。


 俺は人間の恋心を見ることが出来る。


 ……率直に言えば、俺は人間では無い。


 魔物。


 人に擬態し、人に混じって生きる。


 化け物だった。


 そして、俺が持つ力は『視る力』だけでは無かった。


 俺は手を伸ばした。


 『恋気』へと。


 掴む。


 そして口元へ引き寄せ……。


 ぼり。


 噛んだ。


 深山葉子の恋気を咀嚼した。


 舌の腹に芳醇な甘みが広がっていく。


 ぼり、ぼり、ぼり。


 ごくり。


 嚥下する。


 恋気は全て俺の腹へと納まった。


 俺は……。


 俺の種族名は『恋喰い』。


 名の通り、人の恋を喰う魔物だった。


 全ての恋を食えるわけじゃない。


 俺自身に向けられた恋しか食えない。


 だから、俺は人に混じる。


 惚れさせて、食う。


 人を襲う魔物の中では比較的無害な部類だと言えた。


 何にせよ、終わりだ。


 転校してきたばかりの深山葉子が俺に惚れていたのは意外だった。


 意外ではあったが、人間には一目惚れというものが有ると聞く。


 一目見て俺に惚れる。


 そういうことも有るのだろう。


 もう彼女の恋は食った。


 だから、この恋の話はこれでおしまい。


 彼女はいずれ、俺に惚れていたということも忘れるだろう。


 思い出ですら無くなる。


 そして、他の男との恋を見つけ、結ばれるだろう。


 人間とはそういうものだ。


 …………。


 そう……思っていた。


「え……?」


 それは俺の十七年の人生で最大の驚きだった。


 恋気を食った深山葉子のその頭上……。


 そこに『新たな恋気』が出現していた。


(確かに食った……よな?)


 俺は人間と違って老いない。


 恋を食べ続けることが出来れば無限に生きることが出来る。


 それが案外大変らしく、種族の平均寿命は短かったりするのだが……。


 ちなみに、恋をさせるのが難しい子供のうちは親から力を分けてもらって生きる。


 ……何にせよ、脳がボケたりする心配は無いはずだ。


 それなら……。


 記憶違いでないのならどうして……。


 食ったはずの恋気がまた彼女の頭上に浮遊しているのか。


 未知。


 焦燥感。


 今までの常識を否定されたような気持ち。


 かつてない焦りが有った。


 そこからの行動は衝動的なものだった。


 右手にぐっと力が入った。


 上へ。


 彼女の頭上へ。


 再び恋気に手を伸ばし、食う。


 噛んで、飲む。


 味は有る。


 腹も満たされる。


 確かに俺は恋気を食っている。


 なのに……。


 二つ目の恋気を食い終わった時、深山の頭上には『三つ目の恋気』が出現していた。


 何なんだ……これは……?


 からかわれているような気分になった。


(食い尽くしてやる……!)


 俺は妙な闘争心に駆られ、三つ目の恋気に手を伸ばした。





 ……………………。


 …………。


 ……何してるんだろう?


 大空日向くん。


 背の高い彼が私の頭上に手を伸ばして何かをしていた。


 口をもごもご動かして、まるで物を食べているような……。


(良く分からないけど、可愛い)


 今の私には彼の些細な仕草が愛しく見えた。


 私、深山葉子は大空くんに恋をしている。


 彼は私の命の恩人。


 彼に初めて出会ったのは、十年も前のこと。


 車にはねられて怪我をしていた私を助けてくれた。


 獣医さんの所に連れて行ってくれて、怪我が治るまでお世話をしてくれた。


 ……そう。私は人間じゃない。


 俗に妖狐と言われる魔物だった。


 いつか恩返しをしたいと思っていた。


 当時の私は非力だった。


 あの頃より体は大きくなり、妖術も巧みになった。


 今なら恩返しが出来る。


 そう考えて、彼に会いに来た。


 最初は自分の気持ちをただの恩義だと思っていた。


 けど、彼を一目見た瞬間、気持ちが溢れてしまった。


 これは恋だ。


 そう確信した。


 ……人と妖狐とは寿命が違う。


 そして、妖狐の恋は一生のものだ。


 一度恋したら、決して消えることが無い。


 だから、これは不幸な恋なのかもしれない。


 たとえこの想いが報われなくても……。


 彼が死んでからも永く永く、私は彼を愛し続けるだろう。


 せめて……。


 今この瞬間だけでも、この恋が実れば良いのにと願う。


 私のそんな気持ちも知らず、彼はもごもごと口を動かしていた。


 まるで口いっぱいに食べ物を頬張っているみたい。


 人の目の前でこの人は何をやっているのだろう。


 変なの。


 くすりと。


 思わず笑みが零れてしまった。


























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