08 RELICS
しばらく意識が混濁していたらしい。覚醒してからも少しの間、遼の意識はぼうっとしたままだった。
背中に伝わるひんやりとした感触に、目を覚まされる。はっとして体を起こすと、数人の男女が自分のことを見ていた。
まさかバーンアウトの奴らか、とも思ったが、服装が異なる。白装束でも白衣でも、ましてやスーツでもなく、彼らは一様にブルーの制服を着ていた。体にぴったりとフィットする、機能的で装飾の少ないデザイン。動きやすそうだな、という印象を受ける。
それに、もし彼らがバーンアウトの一員なら、顔ぶれの中に宇野が混じっているはずだ。施術の途中で逃げ出した遼を、彼が許すとは思えない。
「大丈夫? 目立った傷はなかったから、とりあえず寝かせておいたんだけど」
遼の顔を、ポニーテールの女性が覗き込んでくる。距離の近さにどきりとし、遼は反射的に身を引いた。彼女は凛々しく、整った顔立ちをしている。
「ああ、はい。助けてもらったみたいで、ありがとうございます。……というか、ここは一体どこですか?」
「私たちRELICSの所有する、装甲車の中よ」
なるほど、そういえばさっきから床が微かに振動している。
走行時の揺れを抑えたモデルなのだろう、車内という感じはあまりしなかった。装甲社内のスペースには何か所かに椅子やテーブルが置かれ、彼女たちの仲間が思い思いに腰かけている。
ところで、目の前の女性が聞き慣れない単語を口走ったのは気のせいか。
「ええと、レリックスというのは一体?」
「REscue LICense Specialの略。『特命救助チーム』とでも訳せばいいのかしら。私はそのリーダーを務めている、石田令香」
暗記した事項をそらんずるように、彼女はすらすらと説明してみせた。
「まあ、詳しいことはあとで説明するわ。とりあえず、君の身に何があったのか聞かせて」
真剣な表情で言われて、遼はすぐに頷いた。
「……なるほどね」
話を聞き終えると、石田は顎に手を当て、ふむふむと頷いた。彼女の横で、小柄なボブカットの女性が目を潤ませている。
「何というか、とても大変な経験をされたみたいですね」
「福住さん、あなたはちょっと黙ってて。私は彼と話をしているの」
石田にぴしゃりと言われ、福住が気恥ずかしそうに俯く。ショートコントを見せられているようで、遼は何だか面白く感じた。
咳払いをし、石田が会話を仕切り直す。
「つまり、あなたはバーンアウトによって記憶を改ざんされる前に逃げたのね」
「はい」
「そう。なら、新戦力として期待できるかも。現時点でも、パイロキネシス使い二人を撃退するほどの力があるみたいだし」
「……新戦力?」
遼は首を傾げた。
「あの、一つ質問良いですか。RELICSというのは、具体的にどういう活動をする組織なんです?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、石田が微笑を浮かべる。
「バーンアウトの活動の阻止、および彼らの撲滅。RELICSはそのために存在しているの」
数年前、政府はファイア・ボムの裏に「バーンアウト」なるテロ組織が絡んでいることを突き止めた。そして、国民がパニックになることのないよう、できる限り極秘裏にこの件を処理する方針を決定した。
バーンアウトの生みだす異能力者は、主にパイロキネシスを操る。彼らの生成する炎は通常の火と異なり、既存の消火方法では効果的に消せない。十年前の大火災がかつてない規模に発展したのは、消防団が特殊な火災に上手く対応できなかったからだ。
バーンアウトによるこれ以上の被害拡大を防ぐため、政府はRELICSを設立。異能力者を中心として部隊を構成し、敵に対抗しようとした。
以上が、石田の行った説明の要約である。
「ここまでで、何か分からないところは?」
「……すみません、もう一つ質問良いですか」
小さく手を挙げて、遼が尋ねる。
「バーンアウトが異能力者を人為的につくり出してるのは分かりました。けど、全ての能力者がそうなんでしょうか」
「なかなか鋭いね」
石田がにやりと笑う。福住も何かコメントしかけたが、上司の視線に気づいて口をつぐんだ。
「人工的につくられた異能力者の方が、実は例外的なの」
「……というと?」
「そもそも異能力というのは、人間が生命の危機に瀕したときに発現される超常的な力のこと。私たちはそれを『オリジナル』と呼んでいる。バーンアウトが生み出した量産型は、区別するために『コピー』って呼称をつけてるわ」
また小難しい話になってきたな、と遼は思った。
ライター業をしているときの彼なら、テープレコーダーで記録するか、必死にメモするかして石田の発言を覚えようとしただろう。しかし、今は仕事道具を持ち合わせていない。荷物のほとんどはバーンアウトに奪われたままだ。自分の耳で、遼は可能な限り話を理解しようと努めた。
「コピーをつくるのは比較的簡単だけど、その代わり高い能力は発現できない。政府の示す五段階の能力レベルでいうと、せいぜいレベル一止まりね。でも、オリジナルは違う。バーンアウトの狙いは単に超災害を引き起こすことじゃなくて、それによって強力なオリジナルを生みだし、戦力を増強するためなのよ」
そこで一旦言葉を切り、石田は遼の顔をしげしげと見た。
「けど、不思議ね。話を聞く限りでは、あなたが発揮した能力はパイロキネシスではなかったんでしょう? バーンアウトが専用の手術を行ったにもかかわらず」
「正直、自分でもよく分かりません」
確かに奇妙だ。宇野は自分に発火能力を植え付けようとしていたはずだ。どうして真逆の力を得てしまったのだろう。
もっとも、耐火能力がなければあの状況を切り抜けられなかったのは事実だが。
「ふーん。まあ、いいわ」
石田はこの話題に興味を失ったらしい。追及してもしょうがないと思ったのかもしれない。
「そろそろ本題に戻ろうかしら。あなた、RELICSに入る気はない?」
「入隊を希望します」
悪戯っぽい瞳で問いかけられ、遼は二つ返事で頷いた。迷う余地はなかった。
十年前、バーンアウトの引き起こしたファイア・ボムで、父を含む多くの人間が犠牲となった。その事実を、遼は今日知ることとなった。
あの惨劇を、二度と繰り返させてはならない。
いや、ファイア・ボムだけではない。彼らは今もなお罪のない人々をさらい、異能力者へと改造して操り人形にしているのだ。悲劇はずっと続いている。
バーンアウトを野放しにはできない。自分の力を使って、何としてでも彼らを止めたいと思った。
満足げに首を縦に振っている石田を見て、遼はふと不安になってきた。思えば、自分はRELICSという組織についてごく基本的なことしか知らないのだ。
遼の心を読んだように、石田がにっこりと笑う。
「細かい業務内容は、追々説明するつもりよ。……ようこそ。RELICSへ」
装甲車の中で、遼は出会ったばかりの仲間たちに笑顔で迎えられた。