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Ⅱ 07 団欒

 何を思って、自分と同じ部屋に泊まりたいと言い出したのか。優亜には、すみれの考えていることがいまいち分からなかった。

 ともかく、ここに隠れていれば警察に見つかることもないだろう。こぢんまりとした部屋で、彼女らはベッドに腰掛けて一息ついていた。

「……やっと二人きりになれましたね」

「え?」

 怖々とルームメイトの方を向くと、すみれは意味深な笑みを浮かべていた。

「優亜さんがお兄ちゃんにふさわしい人かどうか、私がテストしてあげます」

「ええと、それはどういう意味かな?」

 優亜は曖昧に微笑んだ。それには構わず、すみれは屈み込み、無遠慮にスーツケースへと手を伸ばす。蓋を開けると、優亜の詰め込んだ衣類が溢れ出てきた。

「まずは、服装のチェックから。……うーん、この下着はちょっと子供っぽいですね。勝負下着って感じじゃないし、こんなのを着てお兄ちゃんとラブラブしてほしくないです。どれどれ、次は」

「な、何してるんですか⁉ やめて下さいよっ」

 たちまち顔を真っ赤にし、優亜はすみれを制止しようとした。しかし、運動神経の良さは兄譲りなのか、彼女はひらりと身を躱す。なお、スーツケースの中身は手に掴んだままである。

「これは七十点くらいかなー。ううむ、これも微妙」

「私の服、返して下さい……」

 ぶつぶつと評価を下し続けるすみれを、優亜は恨めしそうに睨んだ。白い肌は羞恥に染められ、目は僅かに潤んでいる。

 そんな姿もまた美しいということに、本人は無自覚だった。


 隣の部屋は妙に騒がしく、壁越しにもきゃあきゃあと嬌声が聞こえてくる。

(仲良くなったみたいで何よりだ)

 部屋で一人、遼は胸を撫で下ろしていた。彼女らがいかに破廉恥な行為をしていたか、知らない方が幸せだったのは間違いない。

 ともかく、二人が上手くやっているのなら良い。遼に注意を払わなくなるくらい盛り上がっているのなら、なおさらだ。

 最低限の荷物だけを持って、遼はドアまで忍び足で向かった。音を立てないよう、細心の注意を払って扉を開ける。

(……悪いな、二人とも。ちょっとだけ待っててくれ)

 遼は急いでエレベーターに乗り込み、一階へ下りた。


 事件当日、優亜のアリバイがなかった責任は、ある意味では遼にあった。いつもは取材を中心にお願いしていたのだが、あの日に限っては、図書館での調べ物を彼女に頼んでいた。

 インタビューをしていたのなら、その時間に取材した人物がアリバイを証言してくれただろう。警察の捜査を恐れる必要もなかったかもしれない。

 もちろん、全ては偶然だ。運が悪かったとしか言いようがない。それでも遼は、優亜に対して一種の責任や申し訳なさを感じていた。もっと違う仕事を任せていれば、今のような厄介な事態にはならずに済んだと思っていた。

(神谷だけに、事件を任せてはおけない。これは、俺自身の問題でもあるんだ)

 ホテルを出て、遼は迷いなく歩き出した。


「まあ、及第点ってとこですかね。もうちょっと頑張れると思います」

 一通り衣類を審査し終えて、すみれはつまらなさそうに告げた。

「そうですか……」

 結果にややショックを受けつつも、優亜は忍耐の時間が終わったことに安堵していた。果てしなく続いた追いかけっこで、部屋のあちこちに服が散乱している。それらをいそいそと拾い集め、鞄の中へ戻していく。

 やっと作業を終えて、優亜は不安そうにすみれを見た。

「あの、正直に言ってほしいんですけど……すみれさんから見て、私と相川君は釣り合ってると思いますか?」

「へっ?」

 きょとんとした表情のすみれへ、彼女は真摯に向き合った。

「私はすみれさんのように、今まで普通の女の子として生きてきたわけじゃありません。正直、ファッションのセンスにも自信がなくて」

 詳しい説明を省いたのは、今となってはすみれも大体の事情を知っているに違いなかったからだ。バーンアウトとRELICSの存在、そしてその背後にいた政府の陰謀については、一年前、マスコミが大々的に取り上げている。

 一連の事件を、遼が家族へどのように説明したのかは分からない。だが、自分がRELICSに所属していたことくらいは話しただろう。ならば、同僚だった優亜もRELICSの一員であったと、異能を操る戦士だったと察せるはずだ。


 途端に、すみれが吹き出した。ひとしきり笑ってから、目尻を軽く拭う。

「ごめんなさい、ちょっと冗談きつかったですよね」

「……冗談?」

 今度は、優亜が首を傾げる番だった。

「ファッションセンスがあるかどうかは微妙ですけど、確実に平均点以上のものは秘めてると思います。お兄ちゃんとも良い感じですよ。私が保証します」

 一転してにこにこしているすみれに、優亜は戸惑いを隠せなかった。彼女の口ぶりからすると、最初から大体の結論は出ていたようだ。衣服をチェックしたのは、最終確認くらいの意味合いしかなかったのか。

 ふと、すみれが笑みを消し、神妙な表情になる。

「十一年前、ファイア・ボムで父が行方不明になってから、お兄ちゃんは変わりました。今まで通り、優しくて頼りになるお兄ちゃんだったけど……何ていうか、笑顔が減ったというか。父の死の真相を探るために一生懸命ライティングを勉強して、ライターを志したりして。ひたむきに頑張る姿はかっこよかったけど、ストイックすぎて怖いと思ったこともありました」

 束の間暗くなったムードを払拭するように、ぺろっと舌を出し、すみれがお茶目に笑う。

「でも、優亜さんと一緒にいるときは、すごく楽しそうでした。実を言うと、RELICSの宿泊棟を訪ねた時から思ってました。お似合いだなあ、って」


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