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Ⅱ 02 対決

「あーあ、今日も疲れたぜ」

 誰にともなく呟き、神谷圭吾は首をゴキゴキと鳴らした。続いて肩を回すと、これまた小気味いい音がする。

「帰ったら帰ったで、また課題だもんな。いい加減嫌になる」

 この近隣に借りている単身者向けアパートを目指して、彼はのんびりと歩いていた。

 神谷がそのアパートを選んだ理由は、単純明快。大学から近かったからである。

 RELICS解散後、彼は建築士になることを決めた。ファイア・ボムのような大火災が起きても簡単には崩れないような、丈夫な家を建てたいと思ったゆえだ。

 そのために猛勉強して、建築学部のある大学に入り直した。しかし、大学生活は想像以上に大変だった。

 「建築設計」や「建築設備」等の、尋常でなくコマ数の多い講義。度重なる実習やフィールドワーク。サークル活動やアルバイトに勤しむ暇もないほど、日々の学習のハードさに忙殺されていた。

 さらに悪いことに、他の学生との間に微妙な距離を感じてしまってもいる。バーンアウトとの熾烈な戦いを何度もくぐり抜けてきた者と、つい一年前に真実が公表されたが、いまいちそれに現実味を持てずにいる者。前者と後者は、お互いに全く別の景色が見えているのかもしれない。

(……まあ、それも仕方ねえか。我慢だ、我慢)

 夢のためだ、と自分に言い聞かせる。


 漫画家だった父を亡くしてから、神谷はずっとバーンアウトを憎んできた。父の命を奪ったファイア・ボム、それを引き起こした彼らを絶対に許せないと思った。

 バーンアウトの背後に政府の影があると知ってからは、全ての黒幕だった超能力者対策本部と戦った。RELICSは総力を挙げて戦い、何とか勝利を収めた。

 今の神谷には、もはや討つべき仇も、倒すべき敵もいない。

 父のような犠牲が二度と出ないよう、自分にできることをやりたい。考え抜いた先の結論は、火事に負けない頑丈な家をつくることだった。

 それが、彼の新しい夢だ。


 何の前触れもなく、悲鳴が響き渡る。

 ぼんやりと考え事をしていた神谷の意識は、一瞬で研ぎ澄まされた。反射的に辺りを見回すが、夜の住宅街に人通りは皆無であった。

(けど、そんなに遠くからは聞こえなかったよな)

 おそらく、一本か二本向こうの通りだろう。事件の予感がするとともに、アドレナリンが出てくるのを感じる。RELICSを辞めて以来、久しぶりの感覚だった。

 可能な限り足音を殺し、神谷は小走りに路地を進んだ。通りに出てすぐに、素早く左右を見渡す。

 遠くに、誰かが倒れているのが見えた。その側には、黒ずくめの人物が立っている。髪が長いことから、女性だろうと推察できる。

 倒れている小男へ、女が屈み込む。とどめを刺そうというのだろうか。それとも、息があるかどうかを確認するつもりか。

 いずれにせよ、黙って見過ごすわけにはいかなかった。今でこそRELICSを辞めているが、神谷の中には戦士の魂がある。

「おい、やめろ!」

 全力で疾駆し、神谷は声を張り上げた。


 乱入者の声を聞いて、女は驚いたように振り向いた。

 彼我の距離が少しずつ縮まるにつれて、神谷はおかしなことに気がついた。

 女は何も凶器を持っていない。それに、血の海に沈みかけている男には外傷がなかった。怪我をして出血したというより、口から大量に吐血したと見た方が良さそうだ。

(どういうことだ? この女、どうやって相手にこれほどのダメージを与えたんだ?)

 疑問は尽きないが、ともかく彼女を取り押さえるのが先決だ。他に怪しい人物はおらず、現行犯だと確信できた。

「……拘束術、『念動捕縛』!」

 走りながら右手を高く掲げ、勢いよく振り下ろす。頭上に生成された衝撃波が、女へと襲いかかる。

 視界の縁で、女が眉をぴくりと動かすのが見えた。

 一般人へ異能を向ける趣味はないが、相手が殺人の現行犯となれば話は別である。威力を加減していない、神谷の本気の一撃が迫った。


「異能力者とは驚いたわね」

 女が、右手をさっと振る。それに呼応して、小男の吐いた鮮血がもぞもぞと動き出した。

 大量の血液は宙に浮かび上がり、彼女の手の先で塊をつくる。凝固したそれは円形の盾となり、神谷の放った衝撃波を完璧に防いだ。

「でも、残念でした。その程度の技じゃ、私を倒すことはできないわ」

 蠱惑的な笑みを浮かべ、女はさらに右手を動かす。盾となった血液は再び空中を移動し、細かい塊に分かれ、無数の氷柱となって浮遊した。

「じゃあね」

 言うが早いか、血で形成された弾丸が一斉に射出される。


 一つ、疑問が解けた。

 彼女があの小男を襲ったのは、この異能によるものだったのだ。

 咄嗟に横へ転がり、神谷はかろうじて氷柱を回避した。しかし、顔を上げたときには既に、女の姿は消えていた。

「……逃げられたか」

 悪態を吐き、よろよろと立ち上がる。まさか相手も異能力者だとは思わなかったが、それはお互い様かもしれない。

「あの女、レベル一や二の強さじゃないな。深追いするのは危険だ。警察に通報して、被害者を助けるのを優先しよう」

 かぶりを振って、神谷は携帯端末を取り出した。それから、何とはなしに倒れている男を見やった。

「こいつ、どこかで会ったことがあるような……」

 彼がバーンアウトの元構成員、宮本であると気づくと、神谷は端末を取り落としそうにな


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