63 無様な結末
『だから私は、迷った末に君に真実を伝えることにしました。RELICSに情報を流しておけば、万一の場合にも対処できるかもしれない』
宇野はあのとき、遼に向かってこう言った。それが現実となってしまうとは、彼自身も思っていなかったかもしれない。
僅かに首を動かし、宇野が遼を見上げる。にっと口元を歪ませ、彼は笑った。
今までに見たことのない、爽やかな笑顔だった。憑き物が落ち、何かから解き放たれたかのように見えた。
「……我ながら、無様な結末ですね。君と同じくらいの歳の頃、私はこの世界そのものへ憎悪を向けていた。世界の在り方を変えようと、松永様に心酔して一生懸命に尽くしてきた。その結果がこれです。私は、私が作り変えようとしていた世界によって命を奪われかけている」
「よせ。もう喋らない方がいい」
遼の制止を聞かず、宇野は荒い息を吐きながら続けた。
「結局、私は何も為しえることがなかった。異能力者が支配する世界をつくることも、異能力者が暴走しなくてすむ世界をつくることもできなかった。松永様も……誰も、救うことができなかった」
彼が泣いていることに、遼は今更ながら気がついた。目尻からは、熱い液体が幾度となく零れ落ちていた。
痙攣を繰り返しながら、宇野の手が動く。それは、遼のズボンの裾を強い力で握り締めていた。
「お願いします。私にできなかったことを、君たちが……」
唐突に言葉は途切れた。
手から力が抜け、ズボンの裾を離す。がくり、と首が横を向く。既に目の焦点は合っていなかった。
遼の目の前で、宇野は壮絶な最期を遂げた。
「さて、裏切り者を処分したはいいが、これからどうしたものかな」
RELICSの部隊を見ても怯まず、梅木は悠然としていた。顎に手を当てて考えるポーズが、少々わざとらしい。
「計画には、奥村以外に四人のレベル五が必要となる。しかし今、松永と宇野は死亡し、装置内にも十分な量の精神エネルギーが溜まっていない。新たに二人、高位の異能力者を確保する必要がある」
そして、彼は遼を見てほくそ笑んだ。
「レベル三以上の力を秘めている君なら、奴らの代わりになれるだろう。もっとも、拡張チップで調整を施す必要はあるがな」
「……ふざけるなよ」
全身から闘志を迸らせ、遼はゆらりと立ち上がった。靴が血に濡れるのも、宇野の亡骸がすぐ側に横たわっていることも意識から吹き飛ぶほど、彼は怒りを爆発させていた。
その矛先が向けられているのは、言わずもがな、梅木たち政府の人間である。
「あんたたち、宇野や松永たちが死ぬのを見ても、何も感じなかったのか。まがいなりにも協力関係にあった、仲間じゃなかったのか」
「別に。少なくとも、俺は仲間だと思ったことはないね」
挑発するように言った奥村に続き、梅木も口を開く。
「そもそも我々の計画では、最初から彼らは命を落とすことになっていた。レベル五の五人から少量ずつの精神エネルギーを抜き取るのではなく、四人から致死量の精神エネルギーを抽出することによってね。彼らの死は本来、この星の未来に貢献するはずだった。そうではなく、何の意味ももたない死になった、というだけのことさ」
無駄死にだったんだよ、と奥村が嘲笑う。
「宇野も、馬鹿な奴だったよなあ。大人しく俺たちに協力し、精神エネルギーを差し出していれば、いずれ暴走する危険を秘めた異能力者たちを救えたのに。何が、『誰も救うことができなかった』だ。妙な気さえ起こさなければ、あんなクズにでも一人くらいは救えたはずさ」
長きにわたり主人公たちを苦しめてきた宇野も、今回で虚しく散ることとなりました。
作者としてはかなり好きなキャラクターだったのですが、やはり彼が犯した罪は途方もなく大きく、それを償うには死をもってするしかないと思います。松永を救えなかったことが、宇野にとっての最大の罰です。
無慈悲にも宇野を処分した梅木、奥村に対して、憤りをぶつける遼。次回以降、彼らの最後の戦いが始まります。




