06 撃破
バーンアウトの基地は、どうやら地下にあったらしい。道理で世間に存在が知られていないわけだ。
どこをどう走ったかは覚えていない。風の音のする通路を選んで必死で走り続け、運よく地上に出ることができた。
バイクを停めた地点まで戻ろうと、そのまま全力疾走を敢行しようとしたときだった。どこからか火球が飛来し、遼のワイシャツを掠めた。
「……また、あんたたちか」
足を止めて振り向くと、白装束の男女がこちらを睨みつけていた。推察するに、彼らは立ち入り禁止区域の監視役といったところか。
「できれば、戦いたくないんだけどな。あんたらも俺と同じような目にあったんだろ? 被害者同士で争う必要はない」
話が通じる相手ではなさそうだと感じつつも、遼はなけなしの希望を込めて言ってみた。
「わけの分からないことを言うな」
男が低い声で、ぴしゃりと言う。交渉決裂のようだ。
「我々は、自らの自由な意志で異能を得た」
「ええ、自らの自由な意志で」
装束姿の女も彼の言葉を復唱し、遼に反論する隙を与えず、さらなる火球を放った。突き出した手のひらの前に火の玉が浮き上がり、目標へ向かって一直線に撃ち出される。
やはり彼らは、バーンアウトによって記憶を操作されている。偽の記憶を植え付けられた異能力者たちには、説得は無意味ということか。横に転がり、遼は火炎を躱した。
「逃がさん」
そこへ白装束の男が両手を突き出し、火炎弾を連射する。一斉射撃を躱し切れずに、遼は思わず腕で体を庇った。服に火が燃え移り、焦げ臭い臭いを上げる。
女も猛攻に加勢し、異能力者のつくり出した熱で空気が揺らめく。
一瞬のうちに、遼の全身は炎に包まれた。
しかし、いつまで経っても、炎の向こうに見える人影には倒れる気配がない。それどころか、遼は白装束の男女へとゆっくり歩き出していた。
炎をくぐり抜け、現れた彼の肉体に変化が起きている。そのことに気づき、男女は戸惑いを隠せなかった。
「何だ、その力は」
遼の首から下、全身を覆っているのは、銀色に輝く頑強な皮膚。耐火性能を秘めたそれには、敵の放った炎を受けても傷一つついていなかった。
「……あなたの能力は、我々と同じバイロキネシスではなかったの⁉」
シルバーのきらめきは、奇しくも消防士の耐火服と似ていた。父の志を継いだ証明でもあるかのようだった。
「俺にもよく分からない。確かに連中は発火能力を植え付けようとしていたみたいだが、何故かその通りにはならなかった」
思えば、遼が拘束具を外せたこと自体おかしかったのだ。もし彼の異能が白装束と同一のものであったのなら、あれほどの筋力を発揮できるはずがない。
遼の得た異能力は、「耐火」。皮膚の細胞を変化させ、高熱にも耐えうる強度をそなえた盾とする。副次的な効果として、身体能力も上昇するようだ。
「……けれど、この力があれば戦える」
歯を食いしばり、遼は二人の異能力者へと躍りかかった。
「どうして我々の崇高なる目的を理解しない。バーンアウトの計画通りにいけば、人類は救済されるのだぞ」
舌打ちをし、男が次なる火炎を撃ち出す。それを右腕で受け止めて防ぎ、遼は敵の間合いへと一跳びで踏み込んだ。
「冗談じゃねえ。犠牲を前提とした救済に、価値があってたまるか」
白装束の男の言い分を戯言だと一蹴し、遼は右手を後ろへ引いた。
バーンアウトの思想なんて、正直なところ全然理解できていない。理解したいとも思わない。それでも彼は、簡潔な表現で否定してみせた。
「……ファイア・ボムの日、俺の父さんは救助活動の中で死んだ。いや、父さんだけじゃない。大勢の人たちが犠牲になった。それを、さも当然のことのように語るのなら、俺はあんたたちのやり方を絶対に認めない!」
勢いよく繰り出された拳が、男の頬を捉える。呻き声を上げながら数メートルほども吹き飛ばされ、男はぐったりと倒れ込んだ。
「貴様、よくも」
怒り狂った女は、両手を天に掲げた。彼女の頭上に生成されていくのは、半径五メートルはあろうかという巨大な火炎弾だった。
「貴様のような危険分子は、もはや松永様の元へ連れ戻す価値もない。私がここで葬る」
「倒されるのはどっちだろうな」
軽口を叩き、遼が異能力者へと真っ直ぐ突進する。怯む素振りすら見せていない。はたして、凄まじい破壊力を秘めた火球が、女の手から離れて発射される。
あれをまともに喰らえば、いくら耐火能力があるとはいえダメージを負うだろう。
あくまで、「まともに喰らえば」の話ではあるが。
火球の中を一瞬で走り抜けた遼は、ほとんど無傷であった。皮膚がぎりぎり耐えきれるまでの時間に炎から脱することで、女の技を攻略してみせた。
驚愕に目を見開いた彼女へ、遼は大地を強く蹴り、高く跳び上がった。右足を前へ振り出し、降下の勢いを加えたキックを叩き込む。
「……終わりだ!」
渾身の跳び蹴りが腹部にクリーンヒットし、女の体が大きくのけ反る。低木の幹に叩きつけられ、彼女は気を失ったらしかった。