53 始まりの異能力者
現場に到着して意外だったのは、ほとんど火の手が上がっていないことだ。白装束たちの姿も見えない。
通報のあったオフィス街では、その代わりに異様な光景が広がっていた。空中を様々な物体が自在に飛び交い、破壊の限りを尽くしているのである。
(何なんだよ、これは)
トレーラーから下り、遼は絶句した。
突然、空に無数の鉄骨が出現し、垂直に落下する。鉄骨の直撃を受け、地上では何十台もの自動車が破損、横転していた。
今度はその自動車が消え、かと思えば上空に再び現れる。アスファルトに叩きつけられた車が他の車に激突し、悲鳴が上がる。
(やめろ。やめてくれ)
あの乗用車の中にも、誰かが乗っていたはずだ。かけがえのない命が次々に奪われていく様に、遼は憤りを感じていた。しかしそれ以上に、地獄のような光景に絶望していた。
まるで、無邪気な子供が積み気か何かで遊んでいるかのようだ。そんな風に、未知の力で自動車は上昇と落下を繰り返し、鉄骨は雨のように降り注ぐ。あちこちから悲鳴が響く。
間違いなく、普通の人間の仕業ではない。だが、バーンアウトにこんな能力を使える人物はいただろうか。
「……さてと。まだRELICSは来ていないのかなあ」
摩天楼の屋上部分から、微かに声が届いた。
遼たちが見上げた先では、大柄な男が安全防止柵から身を乗り出し、楽しそうな表情を浮かべていた。 ジーパンにタンクトップというラフな格好だが、筋骨隆々とした体つきが強調され、かえって威圧感を増している。
「いやあ、それにしても脆い。人間の命って、呆気なさすぎますよね」
不意に男が体を引き、横に立っている人物に何事かを言う。二人の姿が屋上から消えた。
次の瞬間、彼らはRELICSの部隊から十メートルほど前方、あちこちが凹んでボロボロになった乗用車の上へ現れた。
おそらくこの男が、宇野の言っていた「奥村」なる人物なのだろう。
その宇野はといえば、奥村の腕から手を離し、後ろに控えるようにして立っている。二人が瞬時に地上へ移動できたのは、彼がテレポートを発動したからに他ならない。
「何だ、もう来てたのか。思ったより早いなあ」
緊張感のない声で言い、奥村が残忍な笑みを見せる。
「ここで粘ってオリジナル発掘に勤しむのもいいけど、レベル三以上の実力者を捕まえる方が手っ取り早いよね」
推測だが、相川壮一を失ってからバーンアウトは戦力不足に悩まされている。彼の抜けた穴を埋めるべく前線に出ようとした松永も、体の不調を克服できなかった。
そこで、今まで直接的に連携することのなかった、政府の力を借りることにしたというわけだ。
宇野いわく、奥村のレベルは能力値上限の五。戦力としては十分すぎるほどである。
彼の背後で、宇野は無表情を保っていた。バーンアウトではなく政府に従うことになった彼の心境は、さぞかし複雑なものだろう。しかし、それでも宇野は、最後まで戦い抜くと決めている。
「何が『オリジナル発掘に勤しむ』だ。これだけの被害を出しておいて……」
奥歯を噛みしめ、遼は絞り出すように言った。彼を認め、奥村が嬉しそうな表情になる。
「ああ、君が噂の耐火能力使いか。できれば抵抗しないでもらえると、ありがたいんだけど」
「ふざけるな」
遼の全身を、青色に輝く皮膚が覆う。かなりの硬度を誇るそれに身を包み、遼は両手を体の前へ出して構えた。
彼と、機関銃を携えた隊員たちが前列に出る一方で、優亜と神谷は後列で救助活動を行っていた。水流と衝撃波で瓦礫や自動車を吹き飛ばし、下敷きになっていた人々を救い出す。
もっとも、彼らに医療技術はない以上、これは焼け石に水でしかない。第一、被害が甚大すぎて全員を助け出せる自信がない。
『重傷と思われる市民の救助は、完了しました。敵に対処し、これ以上の被害拡大を防いで下さい』
福住の指示を受け、二人も戦線へ戻る。遼の右に神谷が、左に優亜が並び立ち、奥村と宇野のタッグと対峙した。
投降するつもりがないことを知ると、奥村は大げさにため息をついてみせた。
「結局は力づくか。手加減するのは苦手なんだけど、まあ、レベル五に達する可能性がある人間を殺しちゃったら怒られるからなあ。しょうがないか」
無気力にだらりと垂れ下がっていた両手が、刹那、静かに持ち上げられる。奥村の右手は空へ向けられた。
「ところで君たちは、政府が打ち出した能力レベルについてどれだけ知っているのかな」
急に何を言い出すのか、遼は眉をひそめた。奥村が歌うように続ける。
「あれは俺の能力値を基準として、俺をレベル五として定められたものなんだ。つまり、俺こそが原点にして頂点、最強の異能力者ってわけ」
彼の手のひらが向けられた先に、何百本もの槍が現れる。空中で静止していたのも束の間、それは一斉に降り注いだ。
「……俺の能力は、レベル五の『アポート』。別次元から物体を取り寄せる異能さ」
彼もまた、松永と同様、政府の異能力者研究施設で育った。そこで才能を見出され、梅木の右腕として働いてきた。
彼の異能は、松永と真逆。松永が触れた物体を別次元に飛ばすのなら、奥村は任意の物体を別次元から召喚できる。
始まりの異能力者の無慈悲な攻撃が、遼たちへ一直線に迫った。




