46 計画の全貌
数日後、遼は本部ビルの小会議室に呼び出されていた。
部屋で待っていたのは、石田と福住の二人。彼らに続き、優亜と神谷も入室した。皆、怪我を概ね治癒させており、福住も体力を回復しているように見えた。
「皆、集まってくれてありがとう。今日来てもらったのは、福住さんから話があるからよ」
口火を切ったのは石田だった。彼女に促されるようにして、福住がおずおずと話し始める。
「あの、今まで黙っていてごめんなさい。私、実は政府の人間なんです」
そう言って、福住は深く腰を折った。
「……政府の?」
突然告げられた事実に、遼たち三人はぽかんとしていた。事前に福住から話を聞いていた石田だけが、冷静さを保っている。
「はい」
顔を上げ、福住が真剣な表情で続ける。
「ファイア・ボムで身寄りをなくした私は、政府の管理下にある養護施設で育てられました。やがて、私に異能力が使えることが分かると、RELICSの一員として働くことを勧められたんです。でも……」
躊躇うように間を空けたのは、結果的にスパイ行為を働いてしまった罪悪感によるものだろうか。
「ある日、政府関係者から連絡が来たんです。その人は何度か養護施設の視察に来ていて、私とも面識がありました。調査に使うため、彼はRELICSに所属する異能力者のデータを欲しいと言っていました。何でも、政府の人間でも閲覧権限を得るのが難しいデータで、部外者で、かつテレパシーを使える私の方が入手しやすいのだとか」
データという単語に、神谷の眉がぴくりと動いた。宇野に手の内を知られていたことを、彼はまだ忘れていない。
政府関係者が、政府の保管するデータを盗むようにと部外者に依頼する。一見すると不自然にも思えるが、依頼主の属する部署では閲覧が困難だったのかもしれない。
「そのときは、特に疑いもせずに引き受けました。養護施設でお世話をしてもらった恩もありますし、さほど難しい任務でもなかったので。……けれど、私が政府に伝えた情報を、バーンアウトは何故か知っていた」
「ちょっと待てよ」
ガタッ、と音を立てて、神谷が椅子から立ち上がっていた。
「それじゃつまり、政府を経由してバーンアウトへ情報が漏れていたってことか?」
「神谷隊員、静かにしなさい。福住さんの話の腰を折らないで」
いつもは福住にのみ向けられる石田の毒舌が、珍しく神谷を直撃する。大人しく席についた彼を横目に、福住は続けた。
「……取り返しのつかないことをしたんじゃないか、と気がついたときには遅すぎました。政府関係者に求められるまま、私は指定された電話番号にかけて、情報提供を行っていたんです。RELICSの拠点の正確な位置情報や、建物の構造を伝えたのも私です」
二度にわたるバーンアウトの奇襲攻撃を、彼女は図らずも成功に導いてしまったのだった。
「でも、連絡を繰り返す中で、私もバーンアウト側の情報を少しだけ聞き出すことができました。せめてもの償いにと、彼らが攻撃を仕掛けてきそうな日にちを割り出し、一早く全体に伝達したんですけど……逆に石田さんに怪しまれて、洗いざらい喋らされちゃいました」
あはは、と力なく笑う福住を見る者たちの表情は、複雑だった。
今の話から考えなければならないことは、山ほどあった。
場を仕切り直すように、石田が口を開く。
「意図してスパイ行為を働いたわけではないようだし、福住さんの処分は軽くするつもりよ。問題は、これからどうするか」
彼女は一同を見回し、悩ましげにため息をついた。
「RELICSを設立した政府が、どうしてバーンアウトを支援するような真似をしていたのか。どうにも不可解だわ」
「……俺からも、一ついいですか」
小さく手を挙げて、遼が意見する。
「福住さんの話が本当なら、バーンアウト側にも、彼女の伝えた情報を受け取っていた人物がいたことになります。その人物も福住さんと同様、政府の命令を受けて動いていたんじゃないでしょうか」
「可能性は高いわね」
石田は頷き、しばし考え込んだ。
「……まるで、RELICSとバーンアウトの対立が激化するように仕向けているみたい」
「大丈夫ですか、松永様」
偉大なる指導者の体をソファに横たえ、宇野は心配そうに尋ねた。返事の代わりに、低い唸り声が返ってくる。
ごほごほと激しく咳き込み、しばらくしてから松永が口を開いた。
「……ああ、どうにかな」
思い詰めたような表情で、彼はシェルターを改造した基地の天井を見つめた。
「最近は体調が良くなったと思っていたんだが、やはり無理そうだ。俺にはもう、前線に出て戦うことはできない」
「どこか、お悪いのですか? 私で良ければ治療しますが」
普通の人間をコピーの異能力者へ改造する、特殊な手術。それを行っている宇野には、医術の心得がある。同胞たちの体調管理も彼の仕事であり、松永も対象内だ。
「違うんだ、宇野。俺が抱えているのは、病気の類じゃない。これは、異能力者に課せられた宿命のようなものだ」
しかし、松永は苦い顔で言った。当惑している部下に構わず、取り出した携帯端末を操作する。彼はどこかへ電話をかけ、手短に要件を伝えていた。
「……松永様?」
通話を終えた松永に、宇野は恐る恐る尋ねた。彼が誰と話をしていたのか、宇野には全く予想がつかなかった。
「お前にも、そろそろ明かさねばならないだろう。バーンアウトの真の目的を。そして、その先にある未来のことを」
顔を上げ、松永は静かにこう告げた。
それから一時間もしないうちに、来客はやって来た。
一人は、浅黒い肌が特徴的な長身の男。もう一人は、筋骨隆々とした大男だ。
彼らを連れて歩いてきたのは、意外な人物であった。普段の慇懃な態度はどこへやら、下品な笑みを浮かべ、宇野と松永を眺めている。
「君を呼んだ覚えはありませんよ」
宇野に怪訝な目で見られても、宮本は薄ら笑いを消さなかった。
「ですが、私も関係者ですので」
レベルニの記憶操作が使えるだけの、こんな小男が何故関係者たりえるのだ。宇野の疑問は、すぐに解消されることとなった。
来客から直々に伝えられた真実は、宇野を激しく混乱させた。




