41 アスポート
作戦通り、神谷と優亜は松永を迎え撃つことにした。
バイロキネシス使いへの対処は他の隊員に任せ、まずは最大の脅威を無力化する。
「拘束術、『念動捕縛』!」
高く掲げた手を勢いよく振り下ろし、神谷が仕掛けた。不可視の衝撃波が、上方から松永へ襲いかかる。
しかし、ターゲットは何のダメージも負わなかった。彼はただ、左の手のひらを上へ突き出しただけである。
たったそれだけの動作で、神谷の技を無効化してみせたのだ。
「……だったら、私が!」
今度は優亜が攻撃した。空中に水の塊をいくつか浮遊させ、それを氷へと状態変化させる。鋭い氷柱へと変わった水を、弾丸のように素早く射出した。
けれども、放たれた氷柱の銃弾は、松永の手に触れた瞬間に文字通り消滅してしまう。
彼が無造作に突き出した腕に当たった瞬間、それは跡形もなく消えたのだ。
「驚くのも無理はない」
くっくっと笑い、松永は両手を広げてみせた。
「俺の異能は、レベル五の『アスポート』。触れた物質を別次元へ飛ばすことができる。お前たちの攻撃など、俺には一切効かん」
「……チートすぎるじゃねえか。しかも、レベルは最上位の五かよ」
苛立ちを露わに、神谷は舌打ちした。
「この、クソ野郎が!」
両腕を交互に振るい、次々に衝撃波を撃ち出していく。一発の威力は下がるが、その分手数で相手を圧倒する作戦だった。たとえ敵の攻撃を打ち消す異能を持っていても、攻撃を防ぎ切られなければ押し切れると判断していた。
「ファイア・ボムを遂行したお前だけは、俺がこの手で潰す!」
神谷の気迫に奮い立たされたように、優亜も攻撃の手を強める。水流を放ち、氷の弾丸を撃ち出し、多彩な技で松永を狙った。
だが、敵の方が一枚上手だった。
舞を踊るかのように、松永の両手が左右に細かく動く。二人の繰り出した攻撃全てを、彼は完璧に打ち消していた。
出し抜けに松永が走り出し、こちらの間合いへ踏み込もうとしてくる。
異能「アスポート」の真価は、近接戦闘において発揮される。触れただけで相手の肉体を消し飛ばせる力は、反則級の強さになりえるのだ。
本能的に危機を感じ、神谷は両手を前へ突き出した。息を吸い込み、全力で発声する。
「……爆砕術、『念動爆進』!」
現時点で神谷が使える、最強の技。凄まじい威力の衝撃波が手のひらから放たれ、刹那、前方の景色が歪んで見えた。砂埃が立ち昇り、松永の姿が見えなくなる。
(仕留められたとは思っていないが、少なくともこれで時間稼ぎはできたはずだ。今のうちに、また距離をとって……)
そのとき、神谷と優亜を横殴りの強い風が襲った。
「うわっ」
「きゃあっ」
不意を突かれて防御姿勢を取る間もなく、二人の体は衝撃で吹き飛ばされ、RELICSの通用門へ叩きつけられた。
いや、彼らを襲ったのは単なる風ではない。神谷はそれを理解していた。
鈍い痛みに耐えながら体を起こし、前を見る。砂埃の晴れた彼方では、松永が無傷のまま立っていた。
「言っただろう。俺の力は、物質を別次元へ飛ばすことだと」
勝ち誇った表情で、二人の元へゆっくりと近づいてくる。
「使い方次第では、今のようにカウンター戦法を取ることも可能だ」
やはり、さっきの攻撃は強風ではない。神谷が放った技、「念動爆進」を付近の座標へ飛ばし、二人を返り討ちにしたのだ。
神谷と優亜が最初に行った攻撃はあえてカウンターせず、こちらが焦って大技を繰り出してくるのを待っていたことになる。肉を切らせて骨を断った松永は、相当な策士であるように思えた。
「舐めやがって。親父の、仇だ……」
よろよろと立ち上がり、神谷は闇雲に腕を振った。その動きに合わせ、衝撃波が生成される。
「神谷君、ダメっ」
目を見開き、優亜が悲痛な叫びを上げた。しかし、遅かった。
自身の繰り出した技を弾き返され、衝撃波が頭部を直撃する。力なく崩れ落ちた神谷を前に、彼女は怯えた表情で後ずさった。
もはや万策尽きた。どんな技を出しても跳ね返され、攻撃をしなければ近距離で「アスポート」を受けることになる。
さらに悪いことに、門へ叩きつけられたとき、優亜は足首を痛めていた。今の状態では、逃げることすらままならない。
「さあ、バーンアウトへ戻るぞ」
絶望に呑まれた彼女を見下ろし、松永はぞっとするような笑みを浮かべた。優亜を連れ去るべく、太い腕を伸ばしてくる。
「……おかえり、優亜」




