32 二人の力で
「現れましたね」
遼の登場を確認し、宇野は一人ほくそ笑んだ。
彼は今まで、ビルの屋上から戦況を観察していた。レベル五に達した相川壮一に敵はないはずだったが、もし邪魔が入りそうであれば排除する役割を担っていた。
いくらレベル差があるとはいえ、耐火能力を持つ彼は、発火能力の使い手にとって天敵のような存在だ。警戒するに越したことはないだろう。
眼下では、遼が壮一へと殴打を放とうとしている。地上へテレポートし、バイロキネシス使いへ加勢しようとしたときだった。
「……お前の相手は、この俺だ」
背後から繰り出された衝撃波を、宇野は間一髪で躱した。数メートル横に瞬間移動し、難を逃れる。
「性懲りもなく、また来ましたか」
屋上に立つ神谷の姿を見て、宇野はうんざりしたようにため息をこぼした。
「仕方ありません。まずは、あなたから葬ってあげましょう」
遼には知る由もなかったが、壮一の今の能力レベルは五。拡張チップにより限界に近い力を引き出し、これまで以上の強さを発揮していた。
その一つが、体に超高熱のオーラを纏うというものである。
隊員たちが銃を連射しても、放たれた弾丸を溶かして無効化するほどの熱。ほとんどの攻撃を寄せつけない、絶対の盾として機能している。
さらに火球を撃ち出す速度も、威力も上昇している。連続で放たれた鬼火を、遼はかろうじて腕でガードした。だが、二発目、三発目と受け流すうちに、耐火能力をそなえているはずの皮膚が熱を帯びてくる。
「くそっ」
こうなれば、懐に飛び込んで接近戦に持ち込むしかない。そう判断し、遼はアスファルトを蹴った。壮一の眼前まで移動し、力強く拳を振るう。
しかし、父の体を包む熱のオーラは、遼のパンチを弾いた。
(……駄目だ。熱すぎて、俺の能力でも熱が抑えられない。パンチが父さんの体へ届くより前に、腕が消し炭にされる)
やむを得ず攻撃を中断した遼へ、壮一が特大の鬼火をぶつけ、その体を吹き飛ばす。
凄まじい熱に呑まれ、遼は一瞬意識を失った。
ひやりと冷たい感覚に、はっと目を覚ます。
「大丈夫?」
どうやら少しの間、意識がなかったらしい。上体を起こした遼は、すぐ側に優亜の姿をとらえた。
彼女が自分を水の膜で包み、傷を癒してくれたのだろう、と思ったが違う。それは霧のように優しく、肌に染み込んでくる。
これまでは液体の水しか操れなかった優亜は、遼の知らないうちに新たな力に目覚めていた。すなわち、水の状態変化。気体や個体へと自在に姿を変え、バリエーション豊富な攻撃を繰り出せる。
優亜もまた、レベル三に到達したのかもしれない。
心なしか頬を膨らませて、彼女は言った。
「相川君、一人で突っ走りすぎ」
「悪いな」
腕に力を込め、遼が再起する。彼の視線の先には、いまだRELICSと交戦を続けている父がいた。
「一緒に戦おう」
うん、と優亜が小さく頷く。その表情はちょっぴり満足気だった。
突進してくる遼に気がつき、壮一が素早く右手を振るう。放たれた火球は、地面から立ち昇った氷柱に防がれた。
優亜が生み出す氷の刃が壮一の炎を阻み、遼に攻撃のチャンスを与えていく。氷へ状態変化したことによって冷気を帯びた水は、短時間であればレベル五のバイロキネシスにも耐えられるようになっていた。
火炎をことごとくガードされ、壮一が焦燥を見せる。これならどうだとばかりに、直径二メートルはあろうかという巨大な火球を生成した。避ける暇を与えず、炎は遼へと迫る。
しかし、優亜が生み出した雪が、火球へと降りかかる。徐々に温度を下げていく熱の塊の中を、遼は勢いに任せて通り抜けた。
確かに壮一のバイロキネシスは強力だ。けれども、優亜が冷気でその威力を緩和すれば、あとは遼自身のもつ防御力で突破可能である。
もう少しだった。あと少し近づけば、遼の攻撃が壮一へ届く。彼の歩みを阻もうとする熱波を、優亜の巻き起こした吹雪が中和していく。
彼女はふと、今朝渡したクッキーのことを思い出していた。
(相川君には、今まで何度も助けてもらった。だから、ああやってお礼もした。……でも、ずっとそのままじゃ駄目だから)
何より、優亜自身がそれに満足していなかった。強くなりたいという願いが、彼女の秘められた力を発現させたのだ。
(私も相川君を助けたい。もう二度と、お父さんと離れ離れにならないで済むように)
壮一の間合いへ遼が踏み込む。
頑張って、と優亜は祈り、思わず手の指を組み合わせた。
遼の繰り出した、渾身のストレートパンチ。その拳を阻むものは、壮一を覆う熱のオーラのみである。
溶岩の中に腕を突っ込んだかと錯覚するほどの高熱に、遼は歯を食いしばった。今にも腕が真っ黒に焼け焦げ、付け根から取れてしまいそうだった。
そのとき、遼の右腕を冷気が包み込んだ。突き刺すような冷たさではなく、ひんやりとした優しい感覚。炎と氷、相反する二つのエネルギーが至近距離でぶつかり合い、徐々に熱が中和されていくのを感じる。
(相川君、頑張って。私も全力でサポートするから)
後方で力を振り絞ってくれているであろう優亜の心の声が、遼には聞こえた。彼女の思いに応えるべく、彼は最後の一撃を放った。
(……ありがとう。あとは任せてくれ)
限界に近い力を右腕に注ぎ、一思いに叩き込む。
冷気を帯びたストレートパンチは熱のオーラを打ち破り、壮一の胸部をとらえた。父の体は大きく吹き飛ばされたのち、力なく崩れ落ちた。




