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31 ヒーローは受け継がれる

 既に日は落ち、辺りは暗くなっている。部屋の窓から外を眺め、遼は妹を振り返った。

「そろそろ帰った方がいいんじゃないか。あんまり遅いと、母さんも心配するぞ」

 対して、すみれはきょとんと首を傾げるばかりである。

「お兄ちゃんの部屋に泊めてもらおうと思ってたんだけど……ダメ?」

「そういうことはもっと早く言えよ。まあ、断りはしないけどさ」

 相変わらず軽口を叩き合っている二人だったが、そのとき、突如響き渡った爆発音に言葉がかき消された。きゃっ、と悲鳴を上げ、すみれが体を縮こまらせる。

 音が聞こえたのは、さほど遠くではなさそうだった。

 廊下に飛び出した遼が目にしたのは、激しく炎を上げる宿泊棟。RELICS本部ビルを挟んだ向かい側の建物の上階から、火の手が上がっている。

 フロア全体を包み込むように燃え上がる炎に、消火設備が反応していないわけではなかった。しかし、天井に設置されたスプリンクラーから降り注ぐ水は、灼熱の海に何の影響も及ぼしていない。

(通常の消火方法が効いていない。だとすれば、これはつまり……)

 異能力者の仕業だ、と遼は確信を得た。


『バーンアウトの襲撃です。相川壮一と思われる人物が、第二宿泊棟を攻撃中。総員、至急応戦してください!』


 福住のテレパシーが届き、遼は顔色を変えた。廊下の手すりから身を乗り出すようにして、父の姿を探す。

 どうしてバーンアウトがRELICSの拠点の位置を知っていたのか、という疑問は後回しにするしかない。

 はたして、壮一は第二宿泊棟のすぐ外に立っていた。両手を建物へ向け、次々に鬼火を放っている。

 一早く駆けつけた隊員たちが、機関銃で一斉掃射を浴びせかけた。しかし、父の体を覆う紅蓮のオーラがそれを防ぎ、弾き飛ばす。以前拳を交えたときには、見せなかった能力だった。

 お返しとばかりに撃ち出された火球を受けて、隊員たちが吹き飛ばされていく。異能を持たない彼らでは、やはり高レベルの異能力者には敵わないということか。

 すぐに加勢しようとした遼だが、背後に気配を感じて振り向く。

「……何なの、これ」

 ドアを開けたすみれは、目の前に広がっている光景を信じられずにいるようだった。唖然として立ち尽くし、軽いショック状態に陥っている。

「お兄ちゃん、説明してよ。何がどうなってるわけ?」

 そのとき、壮一の視線がこちらへ向けられた。躊躇なく、父の右手から無数の鬼火が撃ち出される。

「伏せろっ」

 咄嗟の判断で遼は妹へ飛びつき、倒れ込ませた。数秒前まで彼女が立っていた空間を火球が通過し、壁を黒く焼き焦がす。

「……すみれ、ここは危険だ。俺の部屋に戻って、隠れてろ」

「でも、お兄ちゃんは」

 妹はまだ何か言おうとしていたが、遼はそれを手で制した。すっくと立ち上がり、遠くで暴虐の限りを尽くしている父の姿を認める。


 先刻、壮一は確かに自分とすみれを視認したはずだった。それにもかかわらず、何の迷いもなく攻撃を行ってきた。

 最初に父と再会したときにも、彼の記憶は改ざんされていたのだろう。だが、少なくとも遼が自分の息子であることは理解していた。十年の歳月の間に成長した遼を、彼は一目で息子だと見抜いたのだ。

では、今回はどうか。

(もう、すみれのことも分からないのか)

 息子はおろか、娘のことも単なる敵としてしか見ていない。壮一の状態は、前回よりもはるかに悪化していると言えた。

(バーンアウト……俺は、お前たちを絶対に許さない)

 人の心を弄び、大切な家族との思い出すら奪う彼らへ、遼は怒りを燃え上がらせていた。無意識のうちに、拳を強く握り締める。


「すみれには、まだ教えてなかったよな。俺の仕事」

「……えっ?」

 涙目になっている妹は、怖々とこちらを見上げてきた。その肩を優しく叩き、遼は続ける。

「詳しいことは企業秘密だけど、兄ちゃんは人助けの仕事をしてるんだ」

 辺りにはサイレンが鳴り響いている。

「ヒーローになって、悪い奴らと戦って……皆を守らなくちゃならないんだ」

 自分では気づかなかったが、遼の顔つきは戦士のそれだった。幾度となくバーンアウトと戦う中で彼は成長し、消防士だった父に近づいていた。


『あの人は、火事から皆を守るヒーローだもの』

ファイア・ボムの日、母が涙ながらに口にした言葉が脳裏をよぎる。今度は遼が壮一の志を受け継ぎ、人々を守るのだ。


「だから、俺行かなくちゃ」

 決意を秘めた眼差しで見つめられ、すみれは手の甲で乱暴に涙を拭った。

「お兄ちゃんの馬鹿。何のこと言ってるのか、全然分からないよ」

 それから、無理に明るい笑顔をつくってみせる。

「……行ってらっしゃい。気をつけてね」

「ああ。行ってくる」

 あの日、消防隊として出動した父を見送る母も、今のすみれと似たような心境だったのかもしれない。

 手すりから身を乗り出し、遼は高く跳躍した。異能を発現し、一跳びで壮一との距離を詰める。

 落下時の衝撃を硬化された皮膚が殺し、遼は傷を負うことなく着地した。彼に気づいた父が攻撃の手を止め、こちらを向く。

 本当なら、これ以上父と戦いたくはない。けれども、彼をバーンアウトの呪縛から解き放ち、家族の絆を再び取り戻すためにはそうするしかないのだ。

「これで最後だ、父さん」

 遼の言葉を聞いても、壮一は不明瞭な唸り声を上げるばかりだった。今の父は、衝動のままに街を破壊する兵器と化している。

「今度こそ、あんたを救ってみせる!」

 上着を脱ぎ捨て、青く輝く皮膚を露わにする。

 耐火能力をフルに発揮し、遼は父へと躍りかかった。


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