23 再戦、父との対面
炎を上げ、燃える山々。十年前のあの日と酷似した光景だった。
焼き払われている範囲はそれより狭く、襲撃に参加している異能力者の数も少ない。けれども、焼却の行われるペースはファイア・ボム時を上回っていた。
何故ならば、量産されたコピー以外に、上位のバイロキネシス使いがいたからである。
揺れる炎の中に立ち、壮一は手を振るっていた。手のひらから無数の鬼火が生成され、四方八方に放たれる。立ち並ぶ木々は次々に焼かれ、倒れていった。
市民からの通報を受け、RELICSのトレーラーが現場に到着する。外へ出た遼は、父の姿をはっきりと網膜に焼きつけた。
コピーの白装束たちは他の隊員に任せ、彼は作戦通りに動いた。優亜を伴い、壮一の元へ駆ける。
二人を認め、壮一は炎を放つ手を止めた。
「次に俺の前に姿を見せれば、容赦はしないと言ったはずだ。忘れたのか、遼」
「忘れるわけねえだろ」
僅かに苛立ちを覚えながら、遼が応じる。そして優亜に目くばせした。
彼の合図を受けて、彼女は対話を試みる。これもまた、壮一の記憶を呼び覚ませないか探るための作戦の一環である。
「……相川壮一さん。あなたは以前、私と会ったことがあるのではないですか」
まじまじと優亜を見つめ、父は怪訝そうな顔をした。
「バーンアウトが捕らえていた少女だと聞いてはいるが、面識はない」
やはり覚えていない。あるいは、記憶を改ざんされているのか。それを理解した瞬間、遼の中で何かがふっ切れた。
対話は成立しない。ならば作戦の第二段階へ移るまでである。
「……今のあんたは、俺の知っている父さんじゃない」
「どういう意味だ」
怖い顔をしてこちらを睨む父に、遼は怯まず続けた。
「父さんは消防士として、大勢の人の命を救ってきたはずだ。なのにどうして、市民の生活を脅かすような真似をするんだよ。これじゃまるで、ファイア・ボムのときと逆じゃないか」
十年前のあのとき、壮一は臆することなく炎の中へ飛び込み、最後まで救助活動に全力を尽くした。それが今では、人々を傷つける側に回ってしまっている。
壮一は平然として言った。
「俺には、他の全てを犠牲にしてでも成し遂げねばならない使命がある。バーンアウトの元に下ったのは、彼らの崇高な目的を達成し、人類を救うと決意したからだ」
「……人類を救うためだと?」
俯いた遼の拳が、強く握り締められた。
「犠牲の上にしか成り立たない平和なんて、人々は望んでいないはずだ。俺は、皆で笑い合える未来をつくりたいと思ってる。……そのために、父さんを止める!」
行くぞ、と優亜に頷き、遼は異能を発動した。シルバーの強化皮膚に全身が覆われ、防御力が極限まで引き上げられる。
銀の戦士は、雄叫びを上げて父へと立ち向かった。
「笑止。お前ごときの耐火能力では、俺の炎には耐えられん!」
息子を嘲笑い、父は巨大な火球を撃ち出す。両腕をクロスさせ、遼はそれをかろうじて防いだ。
だが今回は、一人でやみくもに突っ込んで行った前回とは違う。遼には支えてくれる仲間がいる。
初撃を遼が防いだ隙に、優亜が動いた。地面から水流を立ち昇らせ、両サイドから回り込むようにして、壮一へ水の塊をぶつける。
咄嗟に炎の障壁を張り巡らせ、父は水流をガードした。冷水を熱で蒸発させ、攻撃を中和していく。
攻撃の手が緩んだ隙に、遼が再び壮一へ突進しようとした、そのときであった。
「……そうはさせません」
突如、空中に現れた宇野が、急降下の勢いを加えたキックを遼の背中に見舞う。よろめいた彼の側方へテレポートし、ナックルダスターを装着した両手を振るった。
「貴重なレベル四のオリジナルを、RELICSに奪われてなるものか!」
「くっ……」
強化皮膚がダメージを抑えてくれたものの、不意打ちを受けて遼は動揺していた。
相川壮一と宇野は、いずれもレベル四。対してこちらは、レベル二相当の異能力者が二人。多勢に無勢というわけではないが、能力差には無視できないものがあった。
さらに殴打を浴びせようとした宇野へ、不可視の衝撃波が迫る。危険を察知した宇野は、テレポートで数メートル横へ飛んだ。一瞬前まで彼が立っていたところを、唸りを上げて疾風が吹き抜ける。
「……つまんねえなあ。こんなときくらい、親子水入らずにさせてやれよ。無粋な真似はよせ」
面倒くさそうに言ってのけ、神谷は遼を見やった。
「こいつは俺が引き受ける。お前は相川壮一を食い止めろ」
「恩に着るぜ」
微かに笑みを浮かべ、遼が件のバイロキネシス使いへと向かっていく。その後ろ姿を見送り、神谷は宇野へと向き直った。
「余計な真似をしてくれましたね」
彼から浴びせられる憎悪の視線を、神谷は涼しい顔で受け流す。
「さて、何のことかな。俺はただ、あいつに受けた借りを返しただけだ」
身を挺して自分を守ろうとした遼のことを、神谷は今では、一人の戦士として認めていた。彼が相川壮一と決着をつけたいというのなら、止める理由はなかった。
「……拘束術、『念動捕縛』!」
右腕を天高く掲げ、力強く叫ぶ。
格上の相手にも怯まず、神谷圭吾は全力をぶつけた。




