17 優亜の真実
勢いよく繰り出したパンチは、確かに宇野の顔面をとらえたはずだった。だが、遼の拳は空を切る。
刹那、叩き込まれた拳が彼の背中を殴り飛ばした。皮膚の硬化が間に合わず、遼がよろめく。
今度は横へ移動した宇野が、回し蹴りを放つ。腹部に衝撃が加わって、遼は後ろへ跳び退った。
(……何なんだよ、これ)
痛みに耐えつつ、遼は悪態を吐いた。相手の攻撃がどこから飛んできたのか、まるで見当がつかない。これでは対処のしようがないではないか。
神谷がこちらを見て、何か言いかけた。だが彼らが加勢するより前に、白装束たちがその行く手を阻んだ。無数の火の玉が飛び交い、戦局は混乱を極めている。
遼の視線の先で、宇野が高笑いをする。
「私の能力は、レベル四の『瞬間移動』。いくら間合いを取ろうが、私の前には無意味!」
言うが早いか彼の姿が消え、遼の背後へ再び現れる。鋭いジャブを喰らい、遼はよろめいた。
ただの殴打ではなく、宇野は両手にナックルダスターを装着している。ゆえに一撃の威力は高く、耐火能力で皮膚を硬くしてもダメージを殺し切れない。
遼から数メートル離れた位置には、先刻その餌食となった優亜が倒れ、苦しそうに顔を歪めている。水流による遠距離攻撃を得意とする彼女にとって、近接戦闘のスペシャリストである宇野との戦いは相性が悪すぎた。一瞬で懐へ潜り込まれ、なすすべもなく決定打を受けてしまったのだ。
(しかも、レベル四か)
おそらく、RELICSの誰よりも上位の力を持っているはずである。そんな強敵と、どうやって戦えというのか。
打開策が浮かぶまでの間、遼は防御に徹し、時間を稼ぐことにした。
遼の全身が、銀色に光る頑丈な皮膚に覆われる。宇野のパンチをかろうじて腕で受け止め、遼は踏みとどまった。
彼らが争っている少し先では、優亜がぐったりとうずくまっている。
「どうして彼女を狙う。あんたの目的は何なんだ」
「……皆川優亜。彼女は、君と似て非なる存在です」
遼の問いに、宇野はすぐには明確な答えを返さなかった。拳を突き出した姿勢のまま、もったいぶったように続ける。
「君の体がバイロキネシスを拒んで耐火能力を獲得したように、彼女もまた、我々にとって計算外の存在でした。あろうことか、火炎とは真逆の力、『水流操作』を使えるようになるとは」
宇野がテレポートを使い、遼の側方へ移動する。素早く繰り出されたニーキックが、遼を怯ませた。息を切らしながらも、彼は問うた。
「……彼女もオリジナルではなく、あんたたちの手で作り出された異能力者だったというわけか」
「その通り。皆川優亜は偉大な可能性を秘めていた。その力を極限まで解き放てば、土石流から大津波まで、ありとあらゆる災害を引き起こせる。我々の計画にとって不可欠な存在でした。ですが……」
懐へテレポートし、至近距離からアッパーカットを放つ。不意を突かれ、遼は躱すことができなかった。
「彼女はバーンアウトの施設から逃げ出し、RELICSによって保護されてしまいました。彼女を連れ戻し、計画を再スタートさせることこそが、我々のリーダーの崇高なる意志なのです!」
間髪入れずに繰り出されたストレートパンチが、遼の胸部を捉えた。
後方に吹き飛ばされ、呻きながらどうにか立ち上がろうとする遼。彼にとどめを刺すべく、宇野は異能『瞬間移動』を再発動させた。
死角から放たれた殴打。それがヒットする寸前に、遼は体を沈めていた。
「何っ⁉」
攻撃を躱され、宇野が動揺の気配を見せる。一瞬の隙を逃さず、遼の拳が唸りを上げて迫った。みぞおちにパンチが命中し、相手をふらふらと後退させる。
瞬間移動を利用して手数で圧倒する宇野に対し、遼は高い防御力で耐え凌ぎ、一撃必殺のカウンターを狙うスタイルを取っている。体重を乗せた打撃を受けて、宇野は体勢を崩しかけていた。
「……いい加減にしろ」
静かに言い放った遼からは、戦士の気迫が滲み出ている。宇野はその瞬間、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「あんたらバーンアウトは大勢の人を拉致し、異能力者に改造した。彼らを使ってファイア・ボムを起こし、さらに多くの犠牲者を出した」
一歩前に踏み出した遼の瞳に、怒りの炎が宿る。
「そして今、優亜さんに再び悪夢を見せようとしている。もうこれ以上、誰も傷つけさせはしない!」
「……馬鹿馬鹿しい。レベル一の君に、一体何ができるというのです。まぐれで攻撃が当たった程度で、調子に乗るな!」
突進してきた遼を、宇野は鼻で笑った。またしても姿をくらまし、遼の背後へと現れる。
「まぐれじゃないぜ」
しかし、宇野の回し蹴りは空を切った。直前に前方へ跳んだ遼は、難なくそれを回避していた。
「あんたはいつも、俺の視界の外にテレポートする。そうと分かれば、対処するのは簡単だ」
素早く身を翻した遼が、右拳を突き出す。
「……姿が消えた瞬間、振り向けばいいだけだ!」
渾身のストレートパンチを胸部に喰らい、宇野の体は大きく吹き飛ばされた。
機関銃を構えた部隊が一斉射撃を行い、白装束たちを一か所に追い詰める。
部下は概ね満足のいく働きを見せてくれている。神谷は隊列の後ろで、右手を高く突き上げた。
やや離れた位置で宇野と交戦している、新人隊員の姿を一瞥する。
(あいつが優亜を守ってくれてるんだ。俺もせいぜい、雑魚の一掃くらいはやっておかないとな)
そして、掲げた右手を地面すれすれまで勢いよく振り下ろす。
「拘束術、『念動捕縛』!」
目に見えない衝撃波が、上から下へと白装束の男女へ襲いかかる。重圧に耐えかね、バーンアウトの構成員は一人、また一人と膝を突いた。
(これでひとまずは安心だな)
ほっと一息つきかけた彼の目に、どこからか放たれた無数の火炎弾が映った。




