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5 飛べないワケ


 日が完全に沈むと、街のあちこちで灯が点り始めた。

 大通りには等間隔に街灯が立てられていて夜でも問題なく歩ける。

 

(輝石か、珍しいもの使ってるな)


 ハルは目を細めて街灯の光源を観察した。

 輝石は魔力に反応して光を放つ鉱石。それそのものは珍しいモノではないが、運用には安定的な魔力供給が必要なため使われることは少ない。

 その輝石を街灯として大量に使うなど王都では考えられない。


(さすが“魔法使いの街”だな)


 そんな風に感心しながら歩いていると、前方の薄暗闇から聞きなれた声が聞こえてきた。

「なんなんだよあいつら、後からきて威張りちらかして。

 あの練習場は、今日は僕たちが借りていたのに」


「仕方ないよ、魔法省大臣のお墨付きなんて出されちゃ」


「そこがまずおかしいんだ。

 なんであんなへたくそな連中の肩を魔法省が持つんだ?

第一、国家権力の式典への干渉は最小限にとどめるべきって決められているのに」


「そんなの私にもわからないよ。

 夜にでも先生に聞いてみよう。この分だと明日の練習場もどうなっているか怪しいよ」


 ブロンズ髪の少年と赤髪の少女を先頭に、箒を抱えた数人の少年少女が向かい側から歩いてきた。

 先頭を歩く二人は何やら不機嫌そうに話している。

 箒競技用のユニフォームを着ているのでどうやら箒飛行の練習帰りのようだ。

 先に気づいたのはハルのほうだったが、声を上げたのはアリサのほうが早かった。


「ハル!もう、こんな時間までどこ歩いていたのよ」


 箒を担いで駆け寄ってくるアリサ。

 ハルは気まずげに目をそらす。そらした先にコータの顔があった。

 ばつが悪そうな顔をしているが、どうやらもう怒っていないようだ。


「もう晩御飯の時間だよ。話はそのあとにしよう」


「ああ、そうだな」


 ハルは短くそう答えて、みんなと合流し歩きはじめた。

 怒ってはいないようだが、歩いている途中三人の間に会話はなかった。


 ようやく落ち着いて話ができたのは、夕食を終えてからになった。

 ハル、コータ、アリサの三人は、ハルとコータの部屋に集まって床に敷かれた布団の上に座っている。

 夕食前に汗を流しているのでアリサも遠慮なく二人の布団の上に座る。

 ほかのみんなは、部屋が狭いのと三人に遠慮してそれぞれ自分たちの部屋で体を休めていた。


「それにしても、ここが“宿”ねぇ」


 初めに口を開いたのはハルだった。

 自分が座る綿の少ない薄い布団を触って愚痴る。


「仕方がないでしょ。この時期、イニトゥーワのまともな宿なんて政府の高官か軍のお偉い方くらいしか泊まれないのよ」


「だからってな。

 ここなんて飯屋の空き部屋じゃないか」


 三人が泊まるのは大通りから一本脇に入ったところにある居酒屋の二階。二人分の布団と荷物を置けばもう足の踏み場もないような狭い部屋だ。

 店主曰く、毎年この時期だけ泊まりの客をとっているのだという。


「まあいいじゃない、そのおかげでご飯の味は申し分なかったわけだし」


 そういうコータは一番体が小さいのに最後までお替りしていた。その栄養が成長に使われずどこに消えているのかは、ハルにとっての永遠の謎だ。


「そんなことはどうでもよくて、二人は何か言うことはないわけ」


 世間話の雰囲気を変えたのはアリサだった。

 この三人は幼いころからずっと一緒だが、こういう時主導権を握るのは決まってアリサだ。


「ごめん、さっきは言い過ぎた」


 先に誤ったのはコータだ。

 きっと、ハルと別れた後アリサに何か言われたのだろう。

 こんなにすぐに謝られたのでは、ハルも意地を張れない。


「俺こそごめん、二人に相談せずに決めちゃって」


 ハルも頭を下げる。

 これは、箒を持ってこなかったことをイニトゥーワにつくまで二人に話さなかった小手への謝罪だ。

 感情的になり少し言いすぎてしまったコータと違い、ハルのは二人への明確な嘘だ。

 駅では反論したが、この一年飛べなくなったハルに手を差し伸べ続けてくれた二人への裏切りであることはハルが一番わかっていた。

 何を言われても仕方がない。

 そう思っていたから、アリサの返事はハルにとって意外なもんだった。


「いいよ、正直私は気づいてたから」


「えっ」「ほんとに?」


 ハルとコータの声が重なった。

 コータはイニトゥーワ駅でハルが箒を持ってきていないとわかったときに驚いていたので、アリサの言葉は信じられないのだろう。

 ハルも誰にも話さないと決めてからは箒を持っていないことをばれないように気を付けていた。

 汽車に乗るときも、箒は貨物車先に預けたと嘘をついていたのに。


「あれで私の目を欺けると思ってたほうが意外よ」


 アリサはあきれたように言う。


「箒マニアのハルが揺れる汽車の貨物車に自分の箒を預けるわけないじゃない」


 アリサに言われて、確かにとコータが手を打つ。

 ハルは、二人に箒マニアだと思われていたことが少しだけショックだった。

 ハルがショックを受けている間に、先に立ち直ったコータが首をひねる。


「でも、だったらなんで黙ってたんだ?

 出る前に言っていれば取りに帰れたのに」


「それは、意味がないと思ったからよ」


「意味がない?」


「ハルが飛べないのに箒だけがあってもダメでしょ?」


 飛べない。

 飛ぶ気がないのではなく、飛べない。

 自分ではわかっててもアリサに言われたことでハルの心は動揺した。


「そうなのか?ハル」


 不安げな目で見つめるのはコータ。

 ハルはコータに小さくうなずいた。


「その左手じゃもう飛べないんでしょ?」


 アリサの声は、ハルを責めるでもなく淡々と事実を確認するように紡がれる。

 ハルは、長袖のローブを脱ぎ包帯で巻かれた左腕を出した。

 ひじの根元にある結び目を解き、一年前の事故で大きなけがをして以来、ずっと誰にも見せなかった包帯の下を、二人に見せた。


「嘘だろ……」


 そうつぶやいたのはコータ。

 アリサは悲痛な面持ちでハルも左腕を見つめるだけで何も言葉を発しない。

 包帯の下には、今も生々しく残る大きな傷跡があった。一年目の事故で左手を大きく咲いたその傷は医者に切断を進められるほどひどいものだった。王都の名医によって何とか縫合されたがその傷跡は消えることなく残ってる。

だが、二人の視線はその傷跡には向いていなかった。

 それは、黒い蔦のようだった。


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